淨潤日記 「日日是好日」

氣道協会代表・長谷川淨潤のブログです。

まだ間に合います。

 もし、今からでも「整体法修得講座」http://npo-kido.com/schedule/special.html#seitaihouにいらっしゃいたい方は、
 まだ間に合いますよ。
  (‥と言いますのは、今日、スミさん(角川)から、
    「2回目(4月17日)から伺いたいのですがよろしいでしょうか」
     という方に対して「大丈夫ですよ」と答えたからです)
 ただ、その方もそうですが、
 一回目の授業のDVDは別途購入していただくことになりますが。
  (確か1500円かな。もし2000円だったらごめんなさい。たしかなことは事務局(045-261-3300)までお問い合わせくださいませね)
 
 今回は、ご参加の方々が、青木宏之先生のお弟子さんや、いつも整体を受けられている方々をはじめ、
 とっても素晴らしい方々ばかりですのと、(いっつも素晴らしい方々ばかりなのですが‥。本当。今回はコアで純粋という感じでしょうか)
 それより何より、少人数なので!
  (その意味では、あまり今から増えると‥ とも思うのですが、
   今日申し込みの方も関西からの方ですし、
   情熱のある方は、ぜひともどうぞ。)
      ※ちなみに、次回は、9月からです。
       場所も東京道場に変わりますし、日曜日だけでなく、土日の連続で月2回。12月上旬までという感じです。
       その前に、早稲田大学での初等もありますが、それはすぐに満員になってしまいますし、
       初等ですので、「整体の技術も身につけたい」という方は、ぜひ今か9月からをお薦めします。(日本ではね)
 
 ‥‥とまぁ、まだ間に合う告知はここまでで。
 次回からは、前日記にも書きました荘子の中で、
 参考にさせて頂いた文章をここで公開したく思っております。
     (ここで、思い出したのですが、ゴールデンウィークには、何よりお薦めの「氣道の学校」が行われます。
       http://npo-kido.com/schedule/special.html#kido_c
       これは、少しでも瞑想や夢実現に興味のある方にはぜひお薦めします。
       とりわけお薦めしたい方は、「愉氣」、「天心の愉氣」を求める方です。
        また、今回の目玉は、【お金の学校】。
         http://npo-kido.com/schedule/special.html#okane
        これは、ここではあまり言いたくない面もあるのですが、
        お金に関心のある方には、諸手を挙げてお薦めはします。(‥とこっそりと)
        自由自財になります。(造語。これは保証したいなぁ。ちなみに、仁さん、という方に捧げる講座です。)
        それよりも、自由自在になれることのほうが目的です。だからこそ自由自財になれるので。)

 整体法修得講座がまだ間に合いますよ、ということで、
 この日記に向かったのに、ついついもっと大切なことをお伝えしたく、長くなりました。
 皆さんに、直接お目にかかれることを楽しみに!
 
 淨潤

「奇跡の4時間半」が終えて (準備は「荘子」でした)

今日は皆さま、ありがとうございました。
今、東先生との反省会?を終え、京都のアパホテルに戻って参りました。
楽屋裏(控室)で東先生にも申し上げたのですが、 私は予定していたことの半分も言えなく…
しかし、それが、そのあとの東先生の口から、もっと分かりやすくズバッとおっしゃって頂いたこと、 その連続には驚きました。
先生も仰っていらっしゃいましたように、この東福寺という「場」があったからこそだと思います。
そしてまた、ご参加されて下さった、皆さんの波動、それこそ「氣」によって生まれたことだと思います。
改めまして、あの場を提供して下さった東福寺住職様、副住職様、そして今日いらして下さった方に、
この場を借りて心から感謝申し上げます。

私としては、 実はリベンジというか、もう一度したいな、 という思いもあり、
反省会のあと、東先生にその旨、 申し上げたのですが、
先生は、いつもの講座とは、違っていたご様子で、
「今日は最高。次のことが考えられへん」 ということですので、
また、この件は、考えたいな、と思っている次第です。

今日は、たくさんの方々がいらっしゃってくださいました。
関東からも30数名。(「民族大移動やね」という言葉は東先生も。)
それ以外も、私の知らない方も多くいらっしゃいました。
(Jさんの奥様はじめ、參禪会の方々は美人揃いで(あっ、東先生の40代までの話になってしもうた)

 その他、今日の東先生の話ではないですが、ほんとうに、「ご縁なんだろうなぁ」  という方々との出会いがありました。
 ‥何より嬉しいのは、そういう時の再会ですね。  まさに、今日の副テーマである「統合」かも)
 (ほんとうは、ここで、全員の名前をお書きしたいくらいだったのですが、  
  ごめんなさい。このホテルに戻るまでは何度も繰り返し復唱したのですが、忘れもうてしまいました。)

話せなかったことで覚えているのは、 私たちというのは、 実は「無い」 ‥ということ。
それを伝えたかったのでした。
そして、「有る」というのは、 (東先生も仰るように幻想やけど)
事実「有る」のだけど、
 (だから、私も、「夜みる夢よりも、この昼間の現実のほうが夢やん」  ‥と、いうのだけど。(どんな意味においてもそうだと思う。)
最後の最後に、それに関する話も出たので、
次回は、それも含めた、今回の「まとめ」的な講座が出来たらなぁ、 と思っています。
とにもかくにも、いらっしゃって下さった皆さまに、
そして、いらっしゃられなくとも心寄せて下さった方々にも、 感謝をこめて。
 

奇跡の4時間半

(この記事は、長谷川先生からのご依頼を受けて、スタッフ永井が投稿しております)


長谷川先生も下記に書いていらっしゃいますが

あの著名な心理療法家 東先生とのコラボ講座が いよいよ今月末に開催されます!


遅ればせながら、講座の詳細も、サイトにアップいたしました。

3/27(日)【心と体の学校】(http://npo-kido.com/schedule/special.html#kokoro-karada←こちらの文字をクリックいただくと、該当のページに飛びます)


「キーワードは上虚・下実。(=「楽に」、「楽しく」)

 心身両面からの“ 幸せコラボ講座”の実現、 私自身も今からとても楽しみである。(あっ、幸せを外に…?!)」

(長谷川先生 ちらし「講師より一言」より抜粋)


「キーワードはP 循環・N 循環。

 そして良い援助者であるための、その心の在り方を求めたい。

ある意味スピリチュアリティ濃密な時間を、みなさんと笑いの中で過ごしたい。

そして、体の方面から幸福・健康を追求する淨潤さんとのコラボをお楽しみいただきたい。

人を援助するための、自分を楽にするための、 多くのヒラメキが降りてくる一日になることをお約束したいと思う」

(東先生 ちらし「講師より一言」より抜粋)


今回、講座のちらし作成を担当させていただく幸運に恵まれましたが、

お二人の講師とやり取りをさせていただいている中で、 毎回感じたこと、


それは、 このお二人の発するエネルギーに触れるだけで、 心の芯がほどけていく、

ふんわりとした幸せ感、わくわく感が、自然にわき出てくる ということでありました。


東先生と長谷川先生、そして、「東福寺塔頭・退耕庵」という場が織りなす 奇跡の4時間半。


京都近郊の方はもちろん、関東から、東北から、北海道から、九州から・・・

行く価値あり!です。


お申込、お問い合わせ、多数いただいております。

どうぞお申し込みはお早めに!!


(永井晶)

in京都 (3月27日東福寺)


3月27日に東豊先生と行うコラボ講座「心と体の学校
の会場下見のため、会場である東福寺に行ってきたところ。
とっても素敵な場所だった。
(さまざまな昔の氣も残っているところはあるが、何より清々しいのは、
 ご住職や今回ご縁を下さった副住職の五十部さんの力だと思った。)
そこにいるだけで、心も身も禊がれていく。
当日の講座が今から楽しみである。

  


井の中の蛙、大海を知らず。
されど無限の大空(だいくう)を知れり。


 ※これは、拙著「自然に生くる道〜氣道」(写真集)に既に書いた文章、かもしれない。
   http://www.amazon.co.jp/gp/product/490756600X/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=490756600X&linkCode=as2&tag=npokidocom-22
 

行ってきました!大森道場。

大森道場に行ってまいりました。

なじみのお顔や、懐かしいお顔、また初めてのお顔にもお目にかかれ、とても嬉しかったです。

氣道の考え方の講座だったのですが、皆さん、とてもご納得して下さり(と私が勘違いしているだけ?)、和やかな雰囲気の中、とても楽しい時を過ごさせて頂きました。


大森道場は神社の中(境内を上がったすぐ左袖)にあり、

http://npo-kido.com/index.html

の左下参照。(でも、あんなに広くはないですよ。もっと明るく素敵だけど…)

その神社のご神氣が、そのまま道場を包んでいます。

でも、入って一階はそうなのですが、二階の道場自体(上記ホームページの写真の所)もっと明るく、とてもすがすがしいご神氣に満たされています。道場内にある神棚に向かうと、それがさらに強く感じられ、そのご神氣は、サムハラ神社の奥の院と、とっても良く似ていて、というか、まさにそれ、という感じで、その氣に他の神さまたちのご神氣が協力している感じ。

(だから、サムハラ神社に行かれたい方は、わざわざ岡山まで行かなくともいいですよ!

 どうしても行かれたい方は別として、そこまではちょっと、という方は、「まずは」、大森道場にいらっしゃってください。その氣に浴して、ぜひ奥の院も、という方だけ行かれたらいいと思う。(ちなみに、大阪のサムハラ神社の氣はまったく違いますので、ご注意?の程。)

なお、道場に入る前に、時間の余裕のある方は、神社に参拝してからのほうがいい“かも”です。

これから氣道あるいは合気道を行う準備ができると思いますよ。

(合気道も氣道も、“禊ぎ(みそぎ)”なので、その意味でもいいと思う。)

私も、今日、初めての大森道場ということもあり、参拝させて頂いてから伺いました。(といっても敷地内なので徒歩8秒)

その後、道場のお祓いと結界を張らせて頂きました。

とっても素敵な道場、真さん(大高真)の誠実なお人柄だからこそ、こうした神々に守られた場所に道場を構えることができたのだろうな、と帰り道、思っていました。


清々しくも、あたたかく和やかな氣のある大森道場。

神社で参拝してからの氣道、合気道。

(もちろん、真さん直々の整体指導も受けることができます)

一粒で二度美味しい、ではないですが、ぜひ皆さん、ご来場頂き、存分に禊ぎ、リフレッシュしていってください。お薦めです。


‥というわけで、大森道場を都内のパワースポットに認定いたします。







明日 「大森支部」が誕生します!   (私にお会いしたい方や、私の整体を受けられたい奇特な方はどうぞ)


明日の午後1時。
大森支部が誕生します。

合気道の達人であるスタッフの大高真さん
(植芝盛平先生の最晩年に過ごされた合気神社のイワキ流(間違っていたらごめんなさい!)の東京支部長!)
の活動の本拠地「大森道場」が、
正式に、氣道協会の支部になる日です。


それを記念して、明日は、
<大森支部開設記念>「氣道会」を行います。
http://npo-kido.com/schedule/special.html#kido
 
 (参加費は千円だったはず。
  内容は、氣道会なので、
   氣道、つまり、『人が幸せになるために何より大切なことのエッセンス』をお話しして、
   愉氣をテーマに、野口整体の原点である手当てをご紹介します)

時間は13〜15時なのですが、その後、15時半から整体指導も行います。
ところが・・・
明日は、大森支部の誕生日を記念し、
(こんなこと普通はあり得ないのですが)
「入会金&年会費(計8千円)無料」で、整体が受けられます。

私がこんなことを申し上げるのは少しだけ抵抗もあるのですが、
限りなく多くの方に整体(愉氣)したい、と思いながらも、
(そのため被災地にも行きました)
しかし、肉体的な限界があり、現在では、
「どうしても私の整体を受けたい方」以外は、私以上に素晴らしい愉氣や技術を持つスタッフをお薦めしています。
(その代表が、今回の支部長、『大高真』さんです。)


ただ、明日だけは、大森支部の誕生日のため、
何より、多くの人々が大森支部を今後活用して頂きたいため、
(素晴らしい指導が受けられますよ!(合気道だけでなく))
初めての方もぜひいらして欲しいと思い、そのようにさせて頂きました。
 
もしも、私に会いたいとか、整体操法を受けたい、
という奇特な方がいらっしゃったら、ご活用くださいませ。

※前日の投稿で皆さまごめんなさい。
  (なお、住所は、東京都大田区山王1丁目6-2 日枝神社 旧・社務所内(JR大森駅北口から徒歩2分)です。(今調べ)
   私も、明日、その住所を目指し、駅探などで調べて伺います。)
 でも、無理せずにいらしてくださいませね。
 明日、いらした方に何かの祝福がありますよう。
 願いつつ、そして、下の投稿の言葉を借りれば、そうなる根拠の無い確信と共に。
 (その上で、たくさん宝をプレゼントしたいです。神社の中ですし)
 
 

耳掻きと危機管理

 

 他人の耳掻きをしたことがあるだろうか。

 奥のほうの掃除をするときには、かなりの注意が必要。

 特に不意に首を動かす幼児なら尚のこと。

 (注/赤子など、たいていは耳掻きをしなくともC4に愉氣すれば排出されてしまう)

 しかも、綿棒を用いないとなると、これはかなりの真剣さと技術が必要。

 少しでも怯えると、まるでそれを待っていたかのように、ビクッと顔が動く。

 絶対に大丈夫だという確信がないと難しい。

 (私たちだって、下手な人とか、怯えた人に耳掻きをしてもらいたくはないでしょう?

  いや、耳掻き自体をしてもらいたくないか。)

 絶対に大丈夫というのは、大丈夫を言い聞かせることではない。

 絶対に大丈夫と思わなくとも、理由はないけど大丈夫という確信、何となくの安心感がすでにあるのである。

 これを、私は3・11依頼に必要な危機管理と同じだな、とその頃思った。

 その後、数多くの方の体を観察し、(関東以南の場合)放射能の影響を受けている人の多くが放射能に怯える人であることに気づいた。

 全員ではないが、かなりにパーセンテージでいえる。ただ、“放射能に怯える人は放射能の影響に弱くなっている”ことは確かだ。これは100%全員だった。


 危機管理は怯えたままでは難しい。

 事実を事実として受け止めながらも、そこから気持ちだけは安心、大丈夫のほうに向けていかねばならない。

 それは子供の耳掻きと同様である。


※実は、このことは夢実現のコツ。

 何となく大丈夫と思う、何となくそう思う、という根拠のない自信、感覚があると、そうなる。

 では、そうした安心感、大丈夫感を得るにはどうしたらいいのだろうか。

 日頃からの心の持ち方だけでは変わりにくい。

 意識ではなく、潛在意識から変えていかなくては・・

 そのため私は、潛在意識の現れである身体を整えるということ、潛在意識の教育ということを推したく、日々、今日もその活動を行っている。

 (最も具体的には「気道の学校」(夢の学校)で訓練していく)

 丹田が満ちている人は、何かしらんけど大丈夫、という大丈夫感、夢実現力があるのだ。

 

※ちなみに、私は耳掻きを、子供の頃、父にしてもらったことがある。(気持ち良かったなぁ。)

 生きているうちに(お互い!)、もう一度してもらいたいなぁ。

 言葉は思考

 

  クリーニングとは、それを神に手放すこと。


 

 健康にとって何より大切なこと

 
体温を上げると、免疫力が上がり羅菌しにくくなる、慢性病も快方に向かいやすい、という事を石原医師たちが主張し、一時期ブームになったことがある。
(今も、更なる他の科学的根拠によって、復興されつつある)
その後、下火になってしまったのは、高体温のデメリットが検証されたからだ。
西医学では、体温計の発熱の目印である赤い線を37度ではなく、36度5分にすべきだ、と言う。
欧米人と違い、日本人の体温は36度5分以下が平熱であることが理想なのだそうだ。
しかし、これも個人差がある。
たしかに、34度台が平熱の人は、まるで蜥蜴のように、変温動物的で、気温が低ければ体温まで低くなってしまう。
反対にいえば、平熱が高い人であっても、
気温に左右されているようでは、整体(健康体)とはいえない。
体力が衰えるほどに、外の天気の影響を受ける。
中には、「台風が直撃するかどうかが分かる」という便利な人もいるが、「明日、雨が降るかどうかが分かる」までいくと、変温動物のそしりを免れない。
「裡に力があれば冷えない」とは野口晴哉師の言葉であるが、
体力のない者、整っていない者が、外的な影響を余分に受けやすい。
 
寝しなの入浴が良くない、のは温めるとかえって冷やす働きが人間にはあるからである。
そう、体力のある者ほど、冷えれば温かくしようとするし、暑ければ冷やそうと、体がしてくれる。
高体温がいいのか普通がいいのかの議論を置いておいても、
まず人間が物ではなく、生き物である、ということから出発しなくてはならないのではないだろうか。
 
どうも、最近の健康法、医学、科学は、人間が生きているということを抜きにして論じられているような気がする。
かりに体温を上げるのが良いとしても、
そのためには温めればいい、という発想は、
陰性だから陽性の物をとればいい、という発想同様、
あまりに短絡的すぎ、人間が生きている、ということを忘れている。
 
これは、医学者や識者、健康法の創始者を責めているのではない。
そうした情報に翻弄される私たち自身の責任だ。
だから、私たち自身が、そうしたさまざまな情報を鵜呑みにせず、
「これはどういうことなのだろうか?」と考えていきたい。
その考えの根本が、人間が生きているとはどういうことかだと思う。
いえ、生きているのがどういうことか、は分からなくとも、
「生きているというその力を発揮するということの大切さ」を考えるときの根幹におきたい。
 
温めれば温かくなるが、温かくなろうとする力が育つのかどうか。
足らないと補おうと、短絡的に思うが、生きている者はそうは働かない。
余分に叱るほど反発する。
叱るほどに素直になる子は力がない。
そして叱らないと動けなくなる。
 
普通の体力がある人は、冬に生野菜を食べても冷えない。
ごく体力が弱い者だけ冷える。
同様、野口晴哉師は寒の水(1月2月)の大切さをいうが、それは5度以下である。
病弱な人以外は、それでかえって体力が増す。
極寒の時期でも氷水やアイスコーヒー、冷たいビールを飲む人もいる。
普通の体力がある人なら、かえって体温は上がりやすくなってしまう。
 
血液は弱アルカリ性がいいことは誰もが知っているが、
それを強力に推進するのは断食である。
しかし、断食中は血液が極端に酸性に傾こうとする。
だからこそ、その後にアルカリ性を維持する力が復活する。
 
人は物ではない。
生きている。
だから、こと健康を考えるときには、
生きている、ということを、まず念頭におきたい。
 
そして、次には、その“生きているという力”をどうすれば増すことができるか、を考えたい。
 
それについては、私たちは何より気持ち(心)、
そしてその気持ちを作る潛在意識(体)の面から、
いくつかの具体的な方法を推奨している。
しかし、それらの方法も、
足らないから補うという発想で行われたのでは、生命の力は発揮されない。かえって萎縮してしまう。
 
 
三つ目、四つ目として、申し添えたいことがある。
それは、一言でいえば、個体差ということ。
たとえば、
「体温よりも少し高いゆったりとしたぬるめのお風呂」に気持ちよく長くつかる
のを常習としているのは脳溢血の製造法になる。
ちなみに、寝ているときに靴下を履くのも同様。
普通の体力のある人だと、温めなくとも温かいわけだから、その血は脳にいってしまうからだ。
頭寒足熱は、体がそうなるべきであって、外からそのようにすれば、
生きている力のあるものは、頭のほうが熱くなってしまう。
しかし、体力のない者は、足を温めることによって、そのまま温まる。
いえ、温まるのは体力のある者もそうだが、体力のない者は、ともかく温めなくてはならない、ということがある。
同様、寒いときに温かいお茶やお味噌汁を飲んだほうがいい場合もある。
私たちは、厳寒の滝行をしたことも多かったが、そのあとの温かいお茶やお風呂は何より体を癒す。
いえ、これは真夏の滝行であったも、そういう人がいる。
つまり、個体差があるということ。
 
生きる力も乏しい人に断食をさせたために、そのまま血液が酸性に傾く傾向にあり、
自分の骨を溶かす病になった方を何年も個人指導(整体指導)してきたことがある。
玄米菜食を数十年続けたために、必要ないガンを作った人も知っている。
断食がいい、玄米菜食がいい、とは必ずもいえない。
良い、悪い、というのは、その人の個体が決める、ということ。
 
ほのぼのと気持ちよいぬるめのお風呂にゆったりと入ることを続けるのは、
血圧降下剤を常飲していると、何かのときに脳の血管が破れるのと同様、
脳溢血の製造法であるが、
しかし、ノイローゼとか、イライラしているとか、頭に血がいっているときには、
その入浴法が大変効く。
実際、脳溢血になった人は、そうしたぬる湯の長湯が、脳溢血の治療法になる。
すべて、個体差がある、ということ。
つまり、健康を考えるとき、生きている力を観なくてはならないのであるが、
それには、個人を観なくてはいけないということ。
 
そして、今の脳溢血の例でいえば、
「治療法と健康法とは違う」ということもあろう。
これが四つ目であるが、
〇〇でガンが治った、ということがあっても、その〇〇を普通の体力のある人が行っていると、かえって・・ということが多い。
多い、というかほとんど全員だと感ずる。
 
これは応急手当のことを考えると、よく分かるであろうが、
たとえば、心臓も呼吸も止まったとき、私たちはある応急手当を行うが、
それを普通の人にすると、心臓に負担がかかる。
喉にものを詰まらせたときや、食道も同様。
喉でいえば、喉の激痛をとる応急手当を普通の人に行えば、その日から喉を腫らす。
私は、中耳炎操法の練習のあとに中耳炎になったことがある。
まだ埼玉の上尾に住んでいたときであったが、あまりの痛さに赤羽駅に下車し、
プラットホームで、多量の耳垂れと痛みに、ずっとうずくまってことを思い出す。
 
治療法と健康増進法はちがう。
この四つ目のことも、結局、個人のからだがちがう、ということ。
人によっては、温めなくてはいけないこともある、ということ。
普通の生命力がある人なら、むしろそうでないほうが、結果として温まる力がつく、ということ。
 
そしてまた、個人によって違う、ということは、
その個体によって生きる力が違う、ということだ。
つまり、結局は、“生きる力”をよく観るということに戻る。
 
野口晴哉師は、晩年、整体“操法”をまったくしなくとも、
お風呂の入り方だけで、いかなる人でも、いかなる状態であっても、
整体操法の代わりに、お風呂だけで整体に導くことができる、
といっていた。
 
これは、著書の「育児の本」や「子育ての記」にも書かれていることだが、
それなのに、どうして、画一的に「このように温めるといい」という入浴法や温法が提唱されているのか。
こう弾けば、全員が感動する、と思っているのだろうか。
つまり、彼は、整体操法のような手当ての次に、入浴が大切ということをいいたいわけではない。
手がなくなっても、口で整体の指導はできる、とも言っていた。
最晩年には息子さんに、手足も口も失っても、何もかも失ったら、薬を使っても相手の方を整体に導く、と言っていた。
 
感覚として、一つになれた演奏ができたときには、
これは、整体指導と同じだと思ったことが多い。
一つになれたとは、自分の演奏とだ。
つまり、共演者とともだ。そして観客とともにだ。
これは音楽に限らない。
だから、あらゆる芸術は整体、健康の道であると思う。
息一つ。するとすべてひとつ。
而して、人の健康、そして芸は浮かび上がるものに過ぎない。
だから、芸術と健康法は、その根幹は全きひとつである。
 
私たちが生きる力。
生きているということ。
 
もう一度、再考する必要があるのではないだろうか。
 
人は生きている。
そして、その個体によって生きる力はちがう。
そのそれぞれの個体によって生きる力が発揮できるようにしていこう。
あるときは守り、あるときは鼓舞し、
またあるときは別の角度から、またあるときはすべてを忘れ、
生きる力を十全と発揮させよう。
 
そのキーワードは、水落と丹田。
つまり、楽(らく)と楽しいである。
 
 
 
 

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