それでも私は愉氣をする

 
───ブログにて糾弾される方々の事を守りたく書いた事で、
かえってその方々から非難誹謗を受けた事もある。
言えば言うほど勘違いをされ、誤解は解けず。
哀しさのみが募る。
 
───たった一人の方のため、いつになくキッチリと整体の準備を整える。
正座瞑目し待つ事4時間。
しかし現れず、連絡するがどこかに外出しているよう。
約束を忘れていたのか、きっと体を整える事よりも大事な事がその方にはあるのだろう。
哀しみが募るが人の整体に対する理解はそんなのものなのかもしれない。
 
───以前いた組織にて衆目の中、言われもない事で怒号された事が何度かあった。
私がした事ではないのに信じてもらえぬ事が繰り返される事、己れのせいと思えぬほど辛かった。
 
───芸能人ならぬ私にまさか剃刀入りの封筒が来るとは思わなかった。
その後、横浜道場に来て、警察が現れるまで木刀を振り回し、障子も柵も破れていた。
 
 
生きていれば様々な事がある。
しかし上記の例は、すべて私の整体を受けている方であり、それだけでなく良き理解者の方ばかりである。
それでも理不尽な思いをする事は避けられないのであろう。
 
ここに掲げた例はその中でもごくごく一部である。
あまりに哀しく、人が信じられなくなってしまいそうになる事もあった。
怒り心頭に達し、相手を許せぬ思いに陥りそうになった事もあった。
虚無感から呆然とただ一晩中川辺に佇んでいた事も一度となくあった。
 
しかしそれでも私は愉氣をする。
ただただ無心に、否、相手を慈しみ愉氣をする。

 
生きていれば様々な事がある。
死にたくなる事もある。
殺したくなる事もあるだろう。
しかし、それでも私はこの生尽くる限界まで愉氣をする。
たとえ、どのような事があったにせよ。
 

常に

 
このままで完璧だ。
 
私たちは完璧な世の中にいつも常に住んでいる。
 
私たちが、今、ここそのものを創るものと一つである限り。
 
 

★この日記の「視用上の注意」について

 

1、これは日記である。
   (故に人の日記を覗き見してはいけない。)
 
2、日記の作者について。
   (ハンドルネーム長谷川淨潤と云う一氣道家である。)
 
  ※注1/氣道家とは、氣道とかいう自然に生きる道(訳分からぬ)を歩まんとする更に訳分からない人たちの事を指すらしい。
  ※注2/自然に生きると元々の元気、つまり健康が現れるらしひ。
      だから元々人は健康らしく、それには動物にあやかって余分な観念をとっていくといいらしい。
      その上で、思考や観念の有効活用も行うのが人間にとっての自然なのだそうな。
      ともかく健康と自然とは同義語らしい。
      ついでに云うと、美も善もそうらしいが、だったらついでに蛙とか鋸とか糞もそうしたらいい。
      で、健康が理想的に現れた状態は元の氣である純粋意識とかタオ、神、愛に戻るわけだから悟りと同じらしい。
      (そんなことよりも、どうして十代や二十台の若さに戻ろうとしないのだろうか…)
 
  ※注3/ともかく、そのために何を薦めているかというと、
      自動運動とか愉氣とか瞑想とかいう聞くだけでなく見るともっと怪しい健康法で、
      しかも健康法や修養法は必要なくなるためにこそ存在する、などと訳分からぬことをいう。      
      
      悟りまで掲げておきながら、生活は自由らしく、
      身心の要求に合っているものはいつも「快」を感じるといい、
      その快を感ずる要求自体が間違っていることを是正するために健康法など紹介しているらしいが、
      酒も女、男も博打もOKと公言するどころか、
      煙草をふかし、法律こそ守るが道徳は無視してもいい、とも云う。
      天衣無縫どころか言語道断の考えであろう。
      

3、日記の内容について。
   (上記の理由により、この日記がほぼ出鱈目である事は間違いなく、
    なのになぜ書いているかは、おそらくそうした自暴義な生き方を無意識的に反省し贖罪行為として偉そうに書いているか、
    あるいは、統合失調症と見せぬための統合失調を作って重ねて書いているか、    
    そのどちらかだけであろう。)

 
───以上、この日記を読む健全な読者諸兄に、
 ご注意をひとことまで。
 

【整体法修得一年コース】終える

 
【整体法修得一年コース】が今日終えた。

打上げの場での皆さんの感想も感慨深かった。

「途中で本当に止めようと思った」
という方もいらっしゃった。
「10年以上前とは違っているのに驚いた。」
「日々のストレスがこの場に来て一時間も経つと拭われるのが毎回なのが不思議だった。」

その他、様々な感想があったが、
そのそれぞれ別のように感ぜられる感想が、
皆さん口を揃えて言う
「回を追うごとになぜか楽に楽しくなってきて。」
という今までにない言葉が興味深かった。

「今回はまるで【氣道の学校】(心の学校)のようでした」
とある方が言っていたが、確かにそうかもしれない。

(ほんとうにとっておきの幸せのメソッドも、
 公開してしまった)


さて、私はこれから年末の【氣道の学校】の為の最終準備を行っていく。
内観法がテーマの今回であるが、
囚われずにできる限りの誘導、援助をしていきたい。

そういう訳で、
相も変わらず忙しい日々は続くが、
【氣道の学校】(【心の学校】)は私の最も好きな時間。
(興味のある方はぜひどうぞ)

そのためにも顔晴りたい。
書きためた日記もあるので、
時間をぬってここにまた顔を出せるかもしれない。


【整体法修得一年コース】にご出席の方々、
この場を借りて、心から御礼申し上げます。

この9ヶ月が一つの種まきになったら、これに優るうれしさはありません。

師走の整体

 12月といえば、クリスマスと新年を迎えての大掃除。
 クリスマスはともかく、この大掃除というのが実に体を整えるのです。

生きてて良かった

 
昨日は氣道創立20周年記念祭でした。

いらして下さった方々、ほんとうに有り難うございました。

そして、残念ながらいらっしゃれなかった方々からも、様々なエールを有形無形のかたちで戴きました。

心から感謝申し上げます。

当日には、
ある時には司会者のマイクをとってまで、
この20年間の総集編として、様々な事を台本なく勝手に言わせて戴いてしまいました。

今、感ずれば、その和やかさ、その静寂…
まるで、(いい意味での)
お通夜のやふだったのかもしれません。

そして、ご参加された方々にとっても、少しでもそう感じて戴けたら嬉しく思っています。

「生きてて良かった」
と、ある参加者が仰ってくださいました。
「それは、どこで…」
と、つい聞いてしまったのですが、
「先生の最初のお話も良かったのですが、三人での演奏、
 青木先生と先生とのデュオ、そして…」
…と仰っていました。
 
(そのお言葉を伺い、
 当日の録画、録音を皆さまに提供できたらと思っているのですが、
 そう、残しておきたいものに限ってハプニングがあるように、
 今回は、多くの部分の録音がゲーテ座のミスで出来なかったのでした。
 幸い、他の方も録音されているようですので、
 販売の暁には、ホームページのトップでご紹介したく思っています。)

ともかく、何よりうれしい言葉を戴き、
恐縮、そしてほんとうにうれしく思っています。


そして今日、
そうした言葉を励みにしつつ、
新たな生を受け、
そして、ほんとうに今までの自分の整体と違った事にも驚きつつ、
今後も、皆さまへの某かのご援助のために励んでおります。

(芦屋にて、明日の講座(呼吸法講座)や指導の準備をしつつ)





満月

 
 20日(土)、素晴らしい月であった。
 まるで満月のよう。

 単に日本人の美意識ではなく、満月よりも一日前を美しく、
そして満月と捉えてしまう私にとって、
 翌日の月はまたぽっかりとしたそして月である事をそのままの月であった。

 今日、大好きなKさんが指導にいらっしゃった。
 (ちなみに私は指導に継続的にいらっしゃる方はなぜか大好きになるので勘違い無きよう)
 「先生…今日は元気ないですねー」
 「いやぁ、朝の「自動運動(&舞踏)コース」の演奏で草臥れたのですヨ。
  (注/「自動運動(&舞踏)コース」は、氣道、横浜道場の最先端を、
      この一年間突っ走っているコース。
      指導、芝崎●●)
 でも、Kさんには元気を存分に与えますヨ。」

…結果、与えられたのかどうかは分からない。
否、むしろ、最後には、透明な瞑想を共有したかった。

 「先生、期待していますよ。」
 「何が?」
 「今度の土曜日ですよ!」
 「20周年?」
 「そんなこと言っては駄目ですよ。
  日記、見ていますよ!
  先生、やる気じゃないですか。。」
 「ええっ? あの土下座の日記も?」
 「もちろんですよ。」
 「●●●」
 「今日の先生、面白ーい。
  とにかく、期待していますからね。」
 
 「に、20周年記念祭は、ただ音楽を聞くだけなのですよ。
  しかも、私の演奏はフリージャズで、聞きにくい。
  皆さんには、
  『おくつろぎのために音楽だけの記念祭にしました』
  …とは言っているものの、
  ほんとうは、こういう機会にフリージャズの酷さを、味わあせようと。
  いえいえ、
  しかし、まあ、ドリンクもつかないんだよねぇ。
  と、ところで、私の演奏は聞いたことがあるの?」

 「ありますよ!」
 「そ、そうか。
  だったら、ご、御愁傷様なのだが…」
 「先生!
  楽しみにしてまーす!」

───と、高校生のように言われてしまった今日。

 
ここで、この日記を見る方々に言いたい!

 ただ、くだらないお喋り(私)が30分くらいあって、
 そのあとは、音楽だけの記念祭。

 どうか、どうか、
 期待しないように。
 
 ただただ、休まる(フリージャズなので休まらん!か?)だけの記念祭。

 しかし、きっと、何か、殊勝な方は、
 そこから得るものもあるの「かも」しれない。

 幸せの種を巻きたい、なぞ、昨日は書いたが、撤回!

 これで幸せにならなかったら、オラ知らんヌぞ!
 (ただし、幸せになるのが即日ではないかもしらぬ)

 くだらないお喋りと、雑音を楽しめる。
 それに堪えられる方には、
 そのこと、
 キッパリと断言できる。

 あなたは「幸せ」になれます、と。

 (ぜひ、あなたの幸せ度を確かめにいらして欲しい。
  違うか…  (←この言葉は、恩師、成瀬雅春先生の口癖) )

 
  今の予約では、たった30人の記念祭。
   
当日ちょっと秘訣も公開しよう。
     (おっと、Kさん、そんなことはない。
      ただただ、くだらない音楽だけの記念祭でございます。)


 
ほんとうは、この20周年に向けて、何かかっこよい言葉を書きたかったのであるが、
 こんなノリになってしまったのは、すべてKさんのせいにしよう。

 Kさんへ 
   明日の朝寝のあとは、音楽をね!
   サブリミナルCD(今は買えないんだヨ。新しいのを作る。拙演でね。)
   に愉氣したので、また試してね。でも、依存にならないよう。


 
 Kさんの次の次に受けられていた方も、Kさん同様、古くからの方。
 「今日の体は、この前と違って特定の方に憤りは無いよ」
 「でも、苦労はたえないっす」
 ───そういう彼も、年を聞けば35才。
 「えっ? もう20年以上だね。」
 「中学一年からですから… 」
 「あのときは楽しかったねぇ」
 ───という心理療法家としてはしてはいけない過去の評価をする理由もある。

 ほんとうに実感そうだからだ。
 そして、それが今の体に現れ、そのように、
 さらに導かれるからだ。

 而して、思えば20数年。
 中学の時の彼と、毎朝、ヨーガを下北沢の辺りで行っていたこと。
 昨日のやふだ。
 
「最近、時間があれば、空の写真をとっています。」
「そうなんだ。
 実は、私も昨日、実は、川べりに歩きながら空と共にいたよ。
 大きな雲があってね…」
「とどまらない、ということがいいんです。そして広い。」
「ほんとうにそうだね…
 そして、とどまらないうしろは、いつも動かないんだよね。」
「絶句」
 (ここで、空(ソラ)と人間の心は同じということを言う必要のあるほど、
  彼は整体を知らない者ではない。)


 
 満月は、満天の時よりも、その前後がいい。
 今日も演奏させて戴いた。(「自動運動コース)
 而して、ほんとうの満月は上記ではな、く翌日(月)であったのを知ったのは昨日であった。

土下座

 
何度も何度も土下座した。
 
そして「そのまま」青木宏之先生にお送りした。
 
……………………………………………………………………………………………
 
27日(土)ゲーテ座にて
「氣道創立20周年記念祭」がある。
 
その記念祭は、私が音楽も行っているので、
気楽にご参加できるようライヴという形式になったが、
 
青木先生には、後半、真剣での剣舞をお願いしている。
 
そして、その時には私がバッハの平均律をテーマに即興演奏をし、
青木先生も即興で剣舞をしてくださる。
 
 
そのため、今までの青木先生の剣舞を観させて戴いた。
 
素晴らしく、そして恐ろしい…
 
先生のいつもの明るく柔らかな口調にも顕れているように、
その柔らかな剣舞の中には、
先生にも申し上げたように、
俊速の速さ、と無限の彊さが孕まれている。
 
 
今、思い出すのは、20年数年前のこと。
経堂での講座(岡島瑞徳先生主催)を終えたタクシーの中での青木先生との会話。
 
「先生、今日はありがとうございました。」
「いえいえ、あなたも大変ですね。」
「青木先生こそです。
 実は、今まで、様々な方々が講座をして下さりましたが、
 先生だけが、岡島先生の著作を読んでいる、という印象が伝わってきました。」
「はははっ。
 淨潤さん、武術家はね。相手の事を予め調べてしまうんだよね。」
 
先生のその謙虚なお言葉に感動したことを想い出したのだった。
(しかし、そのあと、先生を私の隣で一人寝かせた場所は…
 20数年たっておりますが、「先生、申し訳ありませんでした!」
 一度目の土下座… )
 
 
青木先生とは、確かその時が、二回目の出会い。
一回目の時も大変感動したので、いつかお話ししたい。
(そう、20周年記念祭でお話しできたらうれしい)
 
 
今、岡島先生をはじめ、お世話になった私の恩師は皆鬼籍に入られ、
私が「先生」と呼べる人は、青木先生しかいらっしゃらない。
青木先生に今もご指導してくださる事が、
私にとって何よりの支え、励みとなっている…
 
 
そうした青木先生と、
27日(土)山手(横濱)ゲーテ座にて、
即興のデュオ(剣舞&ピアノ)を行う。
 
 
(そのため、一度、バッハの即興演奏を録音してお送りした。
 私もあまりに忙しく、時間がとれなかったため、
 こんな感じの演奏をする者です、と青木先生にお送りした次第。
 その際に、「こんな拙演で申し訳ないです!」と
 文字通り、土下座して謝ったのだった。
 これが冒頭の「何度もの土下座」なのである。)
 
 
青木先生の剣舞を堪能されたい方、
私たちトリオあるいはソロの演奏も聞いてみたい方、
 
ささやかではありますが、いっぱいに拡がる幸せの種をお裾分けできると思います。
 
お時間ある方は、ぜひ、27日(土)は山手ゲーテ座にいらしてくださいませ。

霜月、近況

11月で二十周年とは…(!)
恩師岡島先生とのその頃の話合いや、独立した頃の様々な思い出がよぎる。
しかも、つい数日前の事のようにリアルに。
「全世界の方々の健康が私の双肩にかかっている」
───とは氣道発足時に皆樣に送った文章の中で書いた言葉である。

来年 (奇跡)

  
 来年の企画を立てている。

 夢を見るのは久しぶり。

 すると、 あまりに素晴らしい氣が訪れる。

 奇跡は、常に起こり得る。
 
 望む生を選択するだけでいい。

 それが出来る潛在意識(身体)作りを潛在意識教育、即ち整体と言う。

 望むブリリアント(パラレルワールド)へ健康な身心は常に行ける。

 健康とはそういう事。

 健康、自然の中に凡てが内包されている。



 生きている事以上の奇跡は無い。

 驚く必要は無い。。

 

 


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