よぉし、書くぞ!

と、日記に向かったら…
 (誕生日前日ですものね)
あ、晶先生はお忙しいらしく、
まだコメントが入っていず、、
今、固まっているところです。
 (固まっていないで、メールチェックでもしろよ)

そういうわけで、
明日は私の誕生日なのですが、
私は、何よりプレッシャーのピアノを弾かなくてはなりません。
 (ドルフィー兇箸い初めてのハコで。
  ちなみに、当日に急遽、時間空いてたからでも大丈夫ですよ。楽しく遊びましょう(皆さまは)


いつも言うように、
整体(指導)や、講座のときには、
プレッシャーを感ずることはあまりないのですが、
ライヴ(ピアノ)に関してはかなりあります。
将棋はもっと、とは先日も書いた通りです。
(この日記に向かう時にも、少しは、緊張感を持てって)

そういうわけで、
明日は誕生日であります。

誕生日の抱負を書くとなると、(書かなくていいよ)
そうですね、(文章、短くしろよ)
明日からの一年は、人に優しくしたいなぁ、と。(んだなぁ、ぜんぜんしてないものな)

内は外なり。
そういうわけで、まずは自分に優しくしよう、と思っています。(おいおい)

だから、メールチェックは今日もせず、
明日は、大好きな仲間たちと、
いえ、私のことを好きな仲間たち(ほんまかいな?)と、
私自身は楽しく遊べたらな、と思っております。
そして、これからも。

なんて、書いておりますが、
私にとって最も真剣な遊びが、
そう。

だからこそ、私は今もこうしてタオから戻っているのだと思います。

皆さまにとっても、
素晴らしい一年になりますよう。

明日、そんなことも共有できたら、と思っています。
 

下の近況報告について etc.

よしタクに揺られて、今、久しぶりに自宅に戻ったところ。
横浜道場でマコモ風呂(お薦め!体験無料)に入ってきたので、
真っ先にこの日記に向かう。(ちゃんとメールチェックとか仕事しろよ)
なんと晶ちゃんがアップしているではないか。
(晶ちゃん、一昨日は忙しかっただろうに有難うです)(いえ、お約束でしたので・・by永井
「大まじめは糞まじめ」の動画までも… (いえ・・あの・・タイトルが・・by永井)
しかも、「まずはご覧になって」とかある。
(そう言われても私自身は、とても恐ろしくて観ることがまだ出来ていない。
 おそらく怖くて一生観ないことだろう)

そんなわけで、そちらの投稿についてはコメントが出来ないのであるが、
(これを投稿拒否といふ)
そのあとの、
つまり、この日記のすぐ下にある「近況報告」について一言。

実は、この「近況報告」の文章は、
7月号の会報に掲載されないのです。
前半は、そのままイキルで掲載されるのだが、
後半は、会員の皆さんのお手許に届く時には時期が過ぎてしまうため、
左脳裕子という方から「書き直さないと…」とお叱りを受け(あっ変換ミスが…)
温かいお言葉をいただき、
そのため、実際の会報では違った文章になります。
(その正式な「近況報告」も、後日ここに晶ちゃんがアップアップしてくれることでしょう)

(はい。後日アップさせていただきます。by永井)
しかし、なぜボツになったほうの「近況報告」をここにアップしてくれたかというと、
これをご覧になられる今なら、
皆さんご活用できるかな、と思って晶ちゃんにお願いをしたというわけなのです。

念のため、
後半の文章をコピペしますね。

  「言葉かけだけで、相手の方を元気にしてしまう」という内容(題名「心理の学校」)ですが、

   観ながら自分のことに置き換えられるので、何より自分自身が元気になります!

   (このこと強調したいです!)

 

   さて、先に「これ宣伝ではないのです」と書いたのは、

   この文章をお読みになっている会員の皆さんですと、

 

   6月中にお申し込みして下されば、

   受講費24000円(一般の方は36000円)だったこの講座が、3980円で見れてしまうからなのです。

 

   しかも現在お支払いして下さっている「年会費が無料」になります。

    ──そのため、『あまりに勿体ない!』と思い、ここで書かせていただいた次第です。

   (しかもこの講座はバックナンバーにはなりません)

 

   いつも「100年後でも残せる講座を動画講座で行っている」と申していますが、

   今回の講座は1000年後でも「結局、心理指導はこれ」と残ることでしょう。

   自信作です。」


これについて、
このあと(後日)晶ちゃんから、
私の記載に補足などがあると思います。(あまり晶ちゃんを使うなよ。アップアップしてるよ)(はい、よろしくお願いします!笑 永井)
あ、晶ちゃん、
お忙しく(はい!時々は!nagai)、お疲れ(いえ!nagai)とは存じますが、
もし、何かあれば、
この下あたりに、よろしくお願い申し上げたてまつります。

 

**

はい。みなさま、失礼いたします。

補足が遅くなってしまい、ごめんなさい。

(それにしても、この記事、このあとが(壊れ方が・・いえ)、すごいですね(笑)。)

 

1000年後にでも残るほどの自信作【心理の学校】、

そんなにお得にならぜひ観たい!!というあなたのために、

 

実際のお申込み方法等を補足させていただきます。

(ここからは、6/1にスタッフブログにもアップしているものをベースにマイナーチェンジしています。)

 

【心理の学校】の動画は、実は、「前半」と「後半」に分かれていまして、

「前半」は、実は、5月で、すでに配信を終了し、

6月1日から、「後半」が配信開始されているのです。

 

 ★無料ダイジェストはこちらからご覧いただけます。

 

なので、6月に申し込まれると、本来は、「後半」部分しかみられない!!

 

ので・す・が・・・

実は・・・特別なプレゼントを用意したのです。

 

それは、

6月から「動画会員」になって【心理の学校】を学ばれる方は、

 

5月に配信が終了している動画(【心理の学校】の前半)を、

特別に、「バックナンバー(4000円)」として

ご覧いただくことができるようにいたしました!

 

  ★特別サイトはこちら

 

これで、6月からでも、2か月分の【心理の学校】をすべて学べるわけです♪

 

(これは、6月から【心理の学校】を学びたいというあなたのための特典ですので、

 7月1日(月)10時にはバックナンバーのページ自体がなくなります)

 

 

そして

6月から【心理の学校】を学ぶための正確な費用を申し上げますと、

 

あなたが、一般の方なら、5980円

   (講座参加した場合は、36000円でしたので、3万円オフ!)

あなたが、当会会員の方なら、4000円

   (講座参加した場合は、24000円でしたので、2万円オフ!)

 

内訳は、以下の通りです。

●「動画会員」になるための費用

  1980円(どなたでも)または、

     0円(当会会員様。クーポン利用時)

●配信終了している5月分の「バックナンバー」の費用

  4000円

 

6月24日までが心理の学校】を破格に学ぶラストチャンス!

(今後、オンラインスクールで公開予定ですが、価格は2万円以上の予定です)

 

この講座だけ楽しみたいという方は、

6月中に解約すれば、翌月以降のご料金はかかりませんので、お気軽にお試しください!

 

お手続きは

,泙困蓮こちらのページで、「動画会員」にお申込みを!

    「まずはお試し」というかたは、「月間会員」でお申込み下さい。

   当会会員の方は、クーポンのご入力をお忘れなく!

⊆,法こちらのページで、5月分の「バックナンバー」をお求めください

 

補足が長くなりました。この講座で、多くの方の心が楽に楽しくなれました!

ありがとうございます!

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、この三日間、私は横浜道場に宿泊をしていたのであるが、
さまざまなドラマがあった。
なんと、先日のこの日記で、
「6/3の整体指導を受けられること今から楽しみにしています!」
という方が、実は整体の予約を入れてなかった事件、を筆頭に、
 (だから、夢に戻って、このような日記を書いているわけ。 ←人のせいにするなって
HR先生、本気で飲むために、パジャマ持参、近くのホテル予約の上、横浜道場にご来訪事件、
HRo先生、将棋観戦を楽しみ、大感動事件、
      (巻き沿いをくった木戸っちと木戸っちの奥さま申し訳ありませんでした)
HiRo先生、焼き鳥を楽しみ、リクエストされた砂肝とハツをまったく逆に覚えていた事件、
   (「このハツは実に美味しい!」
     と仰りながら砂肝を召し上がっていらした。
     木戸っち、わざわざ鳥千までテイクアウトを取りにいってくれてありがとうでした。
     奥さま、このように木戸っちを使ってしまい申し訳ありませんでした。)

比呂先生、「これからは楽しいことをしましょうね」と言いながら、今、最高に楽しんでいた事件、
非路先生、「先日は淨潤先生と一緒に飲んだら、なんとワインを入れて一人20本以上飲んだんですよ…」
      と仰りながら、ヒロ先生一人で生ビールの樽を一つ空(タオ)にした事件、  
皮露先生、ご酩酊度が第四段階となり、かつぜつが回りにくくなり、
     「お友だちって実に良い響きですね」というところを、
     「おホモだちって実に良い響きれすね」と何度も言っていた事件、
火炉先生、「いやぁ、淨潤先生と一緒に飲むと実に楽ひいれす!」(いや先生、最初から楽しそうでしたが…)
      と仰りつつ、
      念のために用意した新しい樽生も半分以上お飲みになった事件、
否賂先生、ハツの第五段階に突入し、
     「いやぁ、やはりキムチチャーハンですよ。
      淨潤先生、あなたのキムチが良くわかりまふ、なんちゃって」事件、
ひ×先生、その後、ギョーザとニラ玉を食べながら、
     「いやぁ、やっぱり春巻きでふ」と仰り、ホテルに持ち帰った事件、
×ろ先生、その後も(その前も)いろいろとあったが、最後に、
     「ひょうがよこはまにふるのがじつにたのしみれす」と仰った事件。
       (きっと「今日は横浜に来れて実に楽しかったです」と仰りたかったのだろう)
……等々、
さまざまな方々に関わる事件があった。
他にも多々のことがあったが、
この日記が長くなったため、ここまでに留めておくが、
今朝になり、
今日の講座のためスタッフが道場に来たのであるが、
 (あっ、今日の素晴らしい講座のことを書き忘れていた)
左脳裕子が一言。

 「××先生から、早朝に緊急メールが届いていました。
  スラックスを道場に置き忘れてしまったとのことです!」

ふと見ると、鴨居に、
背広の下側(ズボン)がぶら下がっていた。
ねまきのままホテルに行かれ、
そしてご自宅に戻られたヒロ先生。
その姿を思うと、
人生には愉快なこともあるものだな、と思う。 
 


近況報告

(この記事は、スタッフ(永井)が代理で投稿しています)

 

今、日記ブログを書き終えたところ。 5/18

 (いやいや、あんなくだけた(砕けた)文章を書いてしまって良いのだろうか。

  「好評だった」と今朝ゆん君(佐野裕子)に言われ、つい調子に乗って二回目を書いてしまったのだが、

  そのため、この近況報告の文章の原稿も落ちてしまうところであった)

 

モードを真面目に戻さなくてはなりません。

 

そうですね。皆さんがこの文章を見るときに、もっともお薦めしたいのは、

とにかく動画講座!(これ宣伝では無いのです)

 

「言葉かけだけで、相手の方を元気にしてしまう」という内容 (題名「心理の学校」)ですが、

観ながら自分のことに置き換えられるので、何より自分自身が元気になります!

(このこと強調したいです!)

 

さて、先に「これ宣伝ではないのです」と書いたのは、

この文章をお読みになっている会員の皆さんですと、

 

6月中にお申し込みして下されば、

受講費24000円(一般の方は36000円)だったこの講座が、3980円で見れてしまうからなのです。

 

しかも現在お支払いして下さっている「年会費が無料」になります。

 ──そのため、『あまりに勿体ない!』と思い、ここで書かせていただいた次第です。

   (しかもこの講座はバックナンバーにはなりません)

 

いつも「100年後でも残せる講座を動画講座で行っている」と申していますが、

今回の講座は1000年後でも「結局、心理指導はこれ」と残ることでしょう。

自信作です。
 


最新動画アップしました!

(この記事は、スタッフ(永井)が代理で投稿しています)

 

最新動画、第三弾、先ほどアップしました。

 

 

 

これまでの画像と違って、かなり・・・

なんと言ったらいいのか・・・ですが、

ひとまずご覧いただけたら(笑)!

 

●今年の横浜での梅雨入りは、5月●日だった!

●たった数十秒、おさえるだけで、体の重さ、だるさが

 かなり楽になる!という場処も紹介しています。

 

ちなみに、今回は、画像がブレブレでございます。

どうかご容赦ください。(by 撮影の永井より)


人生は音楽。 …而して生の本質(命)は無(全)。

●人生とは音楽のようなもの。
 即興演奏の場合、共演者と息一つになっていると、
 全く同じタイミングで全く同じ音を出すことが多々ある。(=ユニゾン)
 場合によっては同じフレーズまで。
 こうしたシンクロニシティは人生でもそう。
 自分自身が息一つの時というのは、人生がシンクロの連続というか、
 シンクロニシティの世界というのがまさに人生なのだという感覚になる。(=ゾーン)
 そして、この感覚はまさに演奏している時の感覚と酷似している。
 そういえば、動くことも、話すことも、対話をすることも、すべて音楽だ。(ま)があることも。
 否、絵画も、その他の芸術も皆そうであろう。(特に書は音楽そのものだ)
 その一面を表した言葉が“引き寄せ”という氣の感応動向現象であろうが、
 それは現象の一面を捉えた言葉であって、人生は音楽のように流れている。
 ただ、これは人生を時間軸でとらえた実際的な感覚であり、
 この感覚を覚える時、人は時間軸つまり相対世界、エゴ、思考と共にある。
 実は、私たちの生活は連続していない。
 元の氣に近づくほどに、時間と時間の隙間がみえる。
 その中の空、無という息と一つになった時、人生は音楽ではなくなる。
 琴の名人が琴を捨てたという荘子の一節のように音楽は相対世界での流れに過ぎない。粗い。
 沈黙という間と共に音がある時、
 かつての山下洋輔が演奏中に演奏の終わりまでが見えたように、時間軸の中でありながらも自由な存在となり(=ゾーン)
 更には音であって音でなくなる。
 野口晴哉師は「我が伝えたこと。虚の運用也」という内容の言葉を遺して逝ったが、
 元の氣(=タオ、空、無)と共にありながら、我々は思考を持ち時間軸に生きる。
 


関西から戻って…

関西遠征より戻りました。
芦屋と京都で整体(指導)をしてまいりましたが、
(京都では、「梅雨の急処」と「打撲の処理(過去の打撲を含めて)」
 という内容の講座(整体塾)も行いました)

今回も、以前の日記でも書いたように、
とても嬉しく感じました。
…というのは、
毎月、毎月、皆さまのお体が、
より良い方向に(つまり整体(=自然体)の方向に)
どんどんと向かっていることを、
今回も感じさせられたからです。
そうした変化を観させていただけるのは、
何よりうれしいこと。
もちろん、
そうした変化というのは、
その人自身の中にある命の働き(=自然治癒力)が為していること。
そして、
命の働きは、いつもいつも、整体(自然体)に戻ろう戻ろう、
と日々、時々、働いている。
私たち整体指導者は、
その命の働きが、さらにつつがなく働くように、
援助をするだけ。

だから整体治療とはいわず、整体指導というわけです。
整体の状態に戻っていくための援助をするということですね。
楽器にたとえれば、
体の「調律」をしているだけなのです。
そして、
楽器と異なり、生きている人間は、
自ずと、自分の体(心)を調律する力を持っているわけです。
その命の働きを応援し、
それに沿って、その人の現在の力だけでは難しいところを後押しするだけなのです。

きっと、それは心理療法やコーチング、
あるいは対人関係での仕事ではすべて同じなのかもしれません。
ほんの少し、
相手の中にもともとある力(命の働き)を引き出すために、
最初の一枚か(場合によっては数枚)のドミノを倒すことによって、
あとは自然に相手の方の命の働き(もともとある力)によって、
自然と整体に戻っていく。
自然と本来の力や能力が発揮できるようになっていく。

生きているものには、そうした力があること。
そんなことも、改めて日々実感しています。
こうして、月に一度、芦屋や京都でお体を観させていただき、
(関西だけでなく横浜道場や東京道場で関東でも観させていただき)
その力、働き、と共に、
皆さんのお体がほんとうに、どんどんと整体に戻っていく姿を、
毎月觀ることができ、
ほんとうに心からうれしく思っています。
(特に前回、前々回に引き続き、今回も全員なのこともあるのかもしれません)

何よりの酒の肴です。←あっ、打ち間違えました。

ただ合掌です。






 


夢日記

今日は雨の中、仕事であった。
私は晴れ男であり、まず外出時に傘を持つ、ということがない。
そのため、よくずぶ濡れになる。

また、私は幼少よりヨーガと自動運動にいそしんでいるため、
雨をよけるという技を会得している。(これを人間流体ジグズパズルという)
しかし、多量の汗のためか、
なぜかずぶ濡れになっている。

私の母も大変な晴れ女であり、
ちなみに私と母が一緒に外出した時に、
雨だったことは、この36年間一度もない。
(ただ記憶に残っていないだけかもしれないのだが…)
そのため、たとえ学校から帰宅時に突然の雨に襲われても、
蛇の目で母が向かえてくれたことは一度もないのが残念である。

以前、猛烈な雨女というスタッフと勝負をしたことがある。
「先生と私とが一緒に道場に出たらどうなるでしょうか?」
彼女は絶大なる自信を持っていたが、
結果は全勝であった。

いや、そんなことを書きたく、ここに向かったのではない。(なぜこうなるのだろう)
今日の仕事のことである。
私はいくつかの仕事を持っているが、
(ピアノを弾くこと、日記を書くこと、サンドイッチを食べること、等々…)
今日の仕事は将棋であった。

私は幼少のころから、三つのことしか取り柄がない人間である。
ひとつはピアノ(音楽)。
もうひとつは体や心の健康法(修養法)。
三つ目は将棋である。

実際のところ、仕事で和服を着る、となれば、
書道家か棋士(将棋のプロ)くらいであろう。
そのため、30歳で独立してからは、休日でも和服で過ごしてきた。

以前は下手の横好きであったが、
大学時代に何度もの留年と引き替えにして、
将棋道(これを「棋道」という)に邁進したため、
今では、唯一の将棋雑誌である「将棋世界」にほぼ毎月、
私の名前が載るほどの腕前になった。
(現在、書店に並んでいる「将棋世界」にも私の名前が載っているはずである)
よく行く古淵の将棋道場では49連勝し、
「古淵の藤井そうた」とも呼ばれた。(自分で勝手に呼んでいた)
また、プロ(棋士)にも何度も勝ったことがあるため、
プロ・キラーとも呼ばれた。(ことは無い)
以前あった黄金町の“あゆみ”という居酒屋は、
小池重明をはじめとする賭け将棋を生業とする真剣師がたむろしていた所でであるが、
私はそこで毎晩のように賭け将棋を指し、(普通は一局千円であったが6万円の時もあった)
そこで莫大な財産を。(失った)
「芸は身を助く」とはよく言ったものである。

そのように、私は、将棋(棋道)、修養法(氣道)、ピアノ(ピ道)
の三つだけが取り柄の人間であり、
自慢であるが他のことは、ほぼ全くもって出来ない。
しいていえば、
・ルックスが良いこと(20代までであるが。ちなみに竹中直人に間違えられたこともあるほどである)
・所作が美しいこと(食べながらご飯をボロボロとこぼすため、幾つの袴が、天国に昇天したことか)
・頭が良いこと(年をとった今でも九九の掛け算が瞬時にできる。時々まちがえるが…)
くらいであろう。

あとは、
・麦のジュースを中ジョッキで11杯はいまだ飲めることとか、
・麦のジュースを大ジョッキで10杯飲んだこともあることとか、
・麦のジュースを大ビンで一ケース(24本)飲みきったこととか、
くらいであろう。

そう、
・ただで公衆電話をかける方法をあみ出したことがあるのは、
昨年の七夕会のときにも言ったとおりであり、
その徹底的な集中力には、
両親も瞠目したらしく、
よく言われたものである。
「潤、その集中力を、もっと他のことに使いなさい」と。

さて、仕事の話に戻すと、
「将棋世界」に名前が載るのは、町田将棋センターのトーナメント戦で優勝するからである。
ところが、そのトーナメント戦というのは休日だけなのですね。
私は別の仕事のため、土日はまず参加できない。
そのため、まれに土日が休日であるときだけしか参加できないわけであるが、
そうなると、貴重な機会を活かすため、
必勝の信念で行くわけである。

ピアノの仕事のときも、胃が痛むほどの緊張をおぼえることもあるが(とくにソロの場合)
将棋となると、さらにであり、
まったく仕事というものは、男子にとって、
否、人間にとって多大なストレスを与えることもあるものである。

優勝すると「将棋世界」に名前が載る、だけでなく、
優勝賞金がどかんと出るという、
そうした欲があるからだろうが、
まだまだ人間が出来ていない。


今日の仕事は、近所のKさんという方への個人指導であった。
Kさんからの謝礼はいつも今日取れたての無農薬野菜である。
これが実に美味しい。
その授業料を支払うために、Kさんは授業時間の前に、
車を走らせ、知り合いの農家の方から購入してくれるのである。

授業は、終盤の研鑚時間のあと、
実際の対局となる。
ハンデは持ち時間であり、そのため対局時計というものを用いる。(Kさん30分、私15分の切れ負け)
今日は、雨のせいか、
いつものストレスもなく、気軽に指していたら、
初戦で負ける。
「先生、この手がいけなかったと思いますよ。」
と教えてくださる。
その後、連勝するが、最後の一番でうまく指され、
「師匠、この手とこの手がいけなかったと思いますよ。
 あと、この手とこの手とこの手とこの手も。」
と教えてくださった。

まことに持つべきものは弟子である。
そしてまた、いつもなら負けると反省し、棋力向上に励む私であるが、
今日は、雨のせいか、なぜか平安な気持ちのまま、
頂いた野菜と共に帰路についたのであった。
少しは人間が出来てきたのかもしれない、と思いつつ。

帰路中、足先がある方向に動く。
日ごろから体の声を大切にしている私は、
そのまま身をまかすと、そこにはセブン・イレブンがあり、
そのまま身をまかすと、三角形の炭水化物の間にオカズが入っている食材コーナーに。
見ると、「とっておきの卵を使った○○」「新鮮なミックス○○」
という文字がある。
先日は、朝起きたら冷蔵庫にあった○○が無くなっていた、
という事件があったことは書いたが、
私もクリシュナムルティよろしく、
ついに、無意識(潛在意識)を意識化できるようになったんだな、
と思った。

ははっ。
無意識よ、また○○か、
ふっふっふっ。
体の要求、体の声がそうであっても、
私の意識は今、違うのだぞ。
この、とっておきの卵を使った○○に惹かれているんだぞ。

仏教では、
仏の顔もサンドイッチと言う。
今、冷蔵庫の中には仏が幾つか並んでいる。
                            (淨潤)

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

追記 ,覆爾、毎日、この日記に惹かれてしまう私がいるのであるが、
      (○菌と△菌と□菌と◇菌とゆん菌のせいだ)
    明日は仕事のため、ここには向かえないことをお詫びしておく。(お詫びいらないよ)
     (以前ここで書いた遠見書房の某編集者と共に、地区センターでの「虎の穴」研鑚仕事があるため)←説明いらないよ
追記◆)萋、京都の栖賢寺のご住職と奥方のことを思い出す。
    そういえば、ご住職は「私の母も見ているんですよ」と仰っていたなぁ、と今日思った。
    そして、あぁ、この数日、虚像、マーヤ、幻想、夢とはいえ、阿呆な日記を書いていることを反省した。
    そして、ここに向かうのが、将棋以上に胃が痛くはなりはしないか、と思った。
      (そのため、今もコソコソ書いている。
       あっ、玄関の音がする。ちょうど終えようとしているので良かった…
       私の無意識は素晴らしい。
       あっ、鍵をかけていない…)

    今日もお子言を頂戴したため、今後は、玄関の鍵を閉めてから、この日記に向かうことにしようと決心した。(と思う)
追記 昨日は久しぶりにメールチェックができた。(幾つか)
    そこで、こんな文章を或る方からいただいた。


     「それではまた次回、6月3日新月瞑想会にお会いできますことを楽しみにしております☆
      整体指導の予約早速入れさせて頂きます! 身体が本当に整っていくのを感じます。
      次回はどのように変わっていくだろうと、整体指導の日が楽しみになっています☆☆」

    ───ゔっ。。 そろそろ夢から醒めなくてはなるまい。
    

夢日記

帰宅し、なぜかこの日記に向かってしまった。
(これは仕事をしたく無いという逃避行動ではない。
 私の仕事がこれなのである。
 この年(繰り返すが36才である。もうすぐ二回目のに近いが)になると、
 この人生で本当にやりたかった事に気づく、ということがあるのだ。
 福山何とかがそうであったように、釈迦牟尼仏陀がそうであったように、
 俺はラジオで本音を言うのが本当にやりたかったことだ、とか
 王様になるのではなく、スジャータ姫からお乳を飲みたかったんだ、とか。
 まことに人生というものは、若いときには分からぬところがあるものなのだ。)

そして、つらつらと書いたのであるが、
素晴らしい文章であったので、
これが何かのアクシデントで消えてはいかん、
…と思い、コピペをしたのだが、
すると、すべてが消えてしまった。
ふっふっふっ、
だからこそコピペをしたのだ、
と思い再現しようとしたが、作動せず、
消えた白い画面を唖然として見つめていた次第である。

これが若いころだったら、
●今朝の起床時の一抹の不安気分
●なぜか夢遊病のように夜、冷蔵庫を開ける前世の記憶が。
●ローソン、サンドイッチがなぜか食べかけになっている事件
●この二日間の日記、いいです!と言われた事件。
●今日の講座の素晴らしさ
●整体(指導)の素晴らしさ
●私自身の素晴らしさ
●財布を忘れたために伊勢佐木町でボーッと10分立つ素晴らしさ
…などなど、
今日書かなくてはいけない原稿も書かず、
メールチェックもせずに、
この日記に向かった努力が水泡に帰したことに、
色々な思いをしたかもしれない。
・この労力と時間を無駄にしないためにコピペをしたのに、とか
・かえって、それが裏目にでるとは、どういうことか、とか
・やっと天職が見つかったというのに、また転職か、とか、
・そういえば俺の人生って、いつもこんなもんだよな、とか、
・あの人、どうしているのかな、好きだったよ、とか。

亀の功より年の功とは良くいったものだ。
そのため、私の背骨は、亀に近づいている。
ともあれ、以前にはカチンときたり、色々な思いもしたが、
上記のようなことも、今はまったくなく、
あぁ、消えたのね、
と思えるようになりたい。
(変換ミス)

ともあれ、水泡に帰したのは仕方ない。
普通なら、ここで、行わなければいけない仕事に向かうのであるが、
私はめげない。

きっと皆さんもそうであろう。
ほんとうに実現したいことがあるなら、
そこに邁進するであろう。
たとえ、それが文章であったとして、
その文章が全く違った文章になったとしても。

そうだ。
私たちは、やりたいことをやれば良いのだ。
いのちの運びはそうなっている。

たとえ、今日書いた全ての文章が白紙に戻り、
そのため、完全な思考停止、
つまり真の瞑想状態になった人もいる。
それすなわち、悟りではないか。(違うよ)

そして、悟ったあとに、
このようにまたチャレンジするということ。
まさに禅。氣道。
大乗仏教の姿ではないか。

心理療法の目的とは、
ということで、恩師は「自己弁護」と仰った。(「自己受容」だよ)
しかし、今、こうした自身のチャレンジを思うに、
よく頑張っているなぁ、
と自分に声をかけたいと思う。(その前に、よしきさんやスタッフに声をかけろよ)

イエス・キリストも言う。
左の頬を打たれたら、右の頬を打ち返せ。
と。
そんな乱暴なことは私はできないのであるが、
こうして、この数倍の文章を書き、
それが一瞬に白紙になったという解脱経験をした私からすると、
このチャレンジは、
大乗仏教やキリスト教にも通ずる何がしかができたか、
と思う今日びこの頃である。

合掌




 

夢日記

昨日も早稲田大学での講義であった。

先日ここで書いたように、実に素晴らしい受講生の方々である。

(これで講師も素晴らしければ何も言うことがないのだが、

 その点、非常に残念に思っている)

 

さて早稲田大学までの道のりは、

いつもだと青葉台駅から田園都市線なのであるが、

今日は初めてタクシーでの登校。

これは一昨日の人間ジグズパズル事件があったためではなく、

なんと、この日記でも以前書いた“日本一運の良い運転手”の方の

個人タクシーデビューなのである。

 

彼は以前のタクシー会社に勤務していたときから、

私のお気に入りの運転手で、

実に謙虚で、丁寧で、

しかも、整体の野口晴哉師が弟子入り希望の弟子に必ず言う

「気配り、気遣い、気働き」

の人なのである。

(息子に今日この事の大切さを言おうと思ったが、

 残念ながら帰宅しても無人であった。

 しかし考えてみると、そう諭せば、

 「ふっふっふっ。その前にお手本をねぇ。」

 と言われるに相違ないことに気づき、

 わたしの無意識が無人を引き寄せたのだな、

 と今となっては無意識に感謝している)

その彼はなんと奇特な方か、

私に乗車してもらう、ことだけを生きがいにしているのである。

そのため、私が乗車しようと思ってもできないことを避けるために、

個人タクシーになろう、と決心した、という。

「なにかが間違っている」

と何度もお伝えしたのであるが、

信心というのはまことに揺るがぬもので、

「こうして毎日、幸せに過ごさせているのも、すべて長谷川様のお蔭ですから」

とまで仰る。

「大いなる勘違いですよ」

とも言うのであるが、彼はゆずらず、

ほんとうにツキまくりになってしまった、ということを仰る。

たしかに、そういうことは他の方からも言われることはあるが、

しかし、そのために個人タクシーになろう、とまでは行き過ぎだろう、

と今でも思う。

(いつの日か彼と握手をしたあかつきには、

 こっそりと爪の垢をとって息子に飲ませようと思っている)

「個人タクシーに一回で合格する際にも、

 さまざまな心理療法を施してくれ、お蔭さまで…」

たしかに私なりに、いつもの御礼で、少しは工夫をしたのであるが、

いやいや、

ツク人というのは、こういう「お蔭さま精神」というのを持っているのですな。

 (まずは、私自身が彼の爪の垢を飲まねばなるまい)

 

そんなこんなで、

合格して一番最初の乗客は私がいい、

ということで昨日はあいなったわけである。

私としても、持ち上げられた感満載であるが、

私としても彼へのおめでとうの気持ちで東京まで乗れたらと、

まずは車のお祓いをし、

そして早稲田大学(中野校舎)まで旅立ったのであった。

(今後、彼がこの日記をお読みになれば、私のイメージはガラガラと崩れ、

 こうしたことは無くなるであろう。

 その意味でも、貴重な旅であった。)

 

その後、早稲田大学からいつものホテル。

今月の動画(なんと心理の学校(2ヶ月)が氣道協会会員の方だと3980円だけで観れるというもの。しかも年会費も無料になります)のことや、

自分の好きなことのチェックやミルトン・H・エリクソンのことなどを考察し、

翌朝の今日は、東京道場でのミーティング。

そこで、

「先日の日記、好評ですよ!

 Sさんなんて、○○って仰って」

と、ゆん君が。

 

うれしくも複雑な気持ちになったが、

そこは大人。

(なにしろ還暦間近の36才である)

「いやいや、

 先日の日記は、直会にいらしたY部さん効果もあって、あんなギャグみたいな日記にしてしまったのだけで…」

「好評でしたよ!」

「ほぅ、そうか」

傍らで晶ちゃんがニヤニヤと私たちの会話を見つめている。

 

実に複雑な気持ちであったが、

褒められて悪い気分になるはずがない。

木どころか、空にまで昇りたいほどだ。

(ただ美女を見て落ちるのは分かっているので、

 落ちても平気なところくらいまでにしておこう)

しかしねぇ。

つい最近、ひとつシンクロがありましてねぇ。

 

一昨日だったか、

私が、朝の行(情けないことに、未だ色々とやっている。まぁ気持ちが良いので行っているのだが、それにしても情けない)

を行っているとき、

いよいよ禅定に入るか、というときに、

私の寝室の扉が開く。

 

「パパがいなくなっちゃう。。

 つまらないー」

ん??

普段なら私の部屋にはまず来ない家族であるが、

しかもそんな言葉を。

…どうも、この数日、家族の会話があり(いつもは無いんかい)、

しかも、その際に私の若いころのエピソードを幾つか話したようだ。

以下、脚色して題名をいえば。

「弟子入りを認められた直後、岡島先生をおしっこしながら走って追いかける事件」

「二回もの経堂岡島道場を火事させた事件」

「屋台ラーメン一年間無料事件」

「整体合宿での美保ちゃんとの勘違い事件」

 などなど。

それらが人気を博し、

そしてまた、それが私の真実であると勘違いしていたようだ。

 

過去は、現在の中の記憶の中にしかない。

しかも、そうした私の記憶の中にある過去を喜ぶとは、実に不毛なことである。

しかし、一般庶民にとっては楽しいことらしい。

私にとっては、それが悲しく、

「いや、お父さんは、お前たちが思っている勘違いのお父さんから、

 ほんとうのお父さんに、今戻るところなんだよ」

と言った。

しかし、まるで理解されず、

あぁ、「縁なき衆生は度し難し」とは良くいったものだ、

と、釈迦牟尼仏陀の気持ちが痛いほど分かった。

しかし、ここは「和光同塵」。

相手のレベルに合わせなくてはならない。

「君が思っているパパは真実のパパではないんだよ。

 ほら、君の好きなどらえもんも変身するだろう?

 そしてほんとうのパパというのは…」

「それは、どらえもんの中でのひとつの話で、どらえもんはどらえもんだよ」

「いいかい…」

 

なかなかに衆生を諭すというのは難しいものだ。

ともあれ、

今日は、メールチェックも出来ないほど忙しい日。

(体力や時間があった場合は、会報の近況報告や電子水製造機の紹介文章を今日書かなくてはいけない為)

そのため、明日は、よしきさんの車のことが気になっていたので、

「メールチェックは出来ないので!」

と、よしきさんはじめ皆さんにお伝えしたのであった。

それがなぜ、こんなことに…

(まだ、ぜんぜん仕事していない)

 

あぁ、すべては今朝のゆん君の一言だ。

前回の日記が好評だ、

という口車に乗せられてしまったのである。

 

私たちは東洋医学の立場である故、

すべてのことを自分の責任とする。

これを内因というが、

西洋医学では○○菌など外因を大切にする。

しかし、そのどちらが正しいとか誤っているということではない。

 

その証拠に、心理療法では、

「あなたが悪いのではないのですよ、あなたに付いていたこの虫が悪かったのですよ」

と伝えることで、

本人の自責がなくなり快方に向かうことが多々ある。

(これを「外在化」という。くわしくは今月の動画を!)

 

今、私は外在化をしているところである。

私は悪くない。

私を、このように仕事から逃避させた、

ゆん虫たちが悪いのである、と。

 

(心理療法で大切なことは自己受容なのである。

 注・自己弁護ではない、と思う)

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

補足・先ほどビールがあるかと思い、冷蔵庫を開けたところ、
   ビールは無く、なぜか分からないのであるが、
   数日前の前世で買ったサンドイッチがあった。
   不思議なことだが、わたしの無意識は、今度はローソン製を選んだようだ。
補足2・上記の題名、実は脚色ではない。(我ながら何という人生だろう)
 ともかく、こんなことをしている場合ではない、早く仕事を、、
 …とここまで書いたときに、
 今、ドアの音が。(これほんとうのほんとうのこと!)
 「パパ! この前も言ったよね。また鍵が空いていたよ。
  いいですか? ○△□×!!」
 息子に、この世が夢であることを教えるには、もう少し時間がかかりそうだ。
  

 

 

 

 

 

 

 


夢日記

確か一昨日は久しぶりに大嶋信頼先生にお会いでき、

その後、宿泊ホテルのお気に入りbarでお仕事。

日が暮れて仕事が出来なくなったので、

生まれて初めて「ジャーマンポテト」なる食べ物をテイクアウトし、

部屋に移動。夕食はルームサービスで

「アメリカンクラブハウスサンドイッチの熱を加えていない物。パンは薄めで野菜多め」。

ジャーマンポテトには年に1〜2度しか食べないソーセージというものが入っていたし、

サンドイッチはアメリカンクラブハウスの意味はまったく無かったようだ。

 

昨日は、東京道場にて整体(指導)。

その後、整体塾(講座)。

風邪の経過のあと、このところ、

自分が話しているよりは、話させられている感じ。

(…というか単に思考が働かず、無意識にまかせてしまっているだけだろう。(≒惚け))

打ち上げ(直会)は、晶ちゃんが見つけたとっておきの焼鳥屋さん。

清澄白河ということもあり、きっと静かで落ち着いた雰囲気なんだろうな、と

清澄白河に住んでいた順平先生を懐かしく思いながらタクシーで皆と向かったが、

着いたのは森下駅のほうがやや近い繁華街沿い。

「へぃ、いらっしゃい!」

と大将が向かえてくれ、昔ながらの魚屋さんを思い出す。

二階の座敷に案内され、昭和のムードを味わいつつ、

YさんやTさんの色々な意見を聞けたのは実に貴重であった。

ホテルに戻り、仕事をしたあとの夕食は、

素焼きアーモンド3粒にポテトサラダサンドイッチ×1。

また、サンドイッチかい、じゃがいもかい!という声が聞こえそうだが、

ちなみに私はソーセージよろしくじゃがいもも年に数度しか食さないし、

その日のサンドイッチはアメリカンではなくファミリーマート製である。

 

今日も東京道場にて整体(指導)。

(午前中はミーティング。

 そこでは、忘れもしない、とても大切なことを話したのであった。

 しかし、今ここに書こうと思ったら、なぜか思い出せない。

 きっと夢であったか、無意識のなせるわざに違いない。)

そして、スタッフの個人レッスンをして、

連日の東京遠征が終える。

帰路の田園都市線では隣の若者が無意識状態(睡眠状態)となり、

私にもたれかかる。

伝わる氣から、エネルギーはあるが肝臓と腎臓(右)にちょっと負担がかかっているな、

と思いつつも、

まぁ、性別はともあれ、私を信頼してこんなにもたれかかるわけだから、有難いことではある、

と解釈(リフレーミング)していた。

それに、私はこれから一時間はこの電車に乗っているわけだし、

若者としては今だけの暫しのやすらぎだ。

30分たっても、若者は熟睡中。

きっと和服の感触が頬に気持ちが良いにちがいない、

とは思いつつも、さすがに重く、

マックスに重く感じたときに、

ふっ、と立ち上がってみた。

なんと、若者の状態は90度曲がったままで保っているではないか。

(頭は100度以上)

よほど右の腎臓周辺の筋肉が硬直しているのか、

と思いつつ、私は、その間にある空間におさまるように、

身をくねらせて入ったのである。

これを人間ジグズパズルという。

 

自宅に着くと、

久しぶりにあった息子から「パパひさしぶり〜!お仕事がんばったね!」

という言葉。

…はもらえず、

「鍵はちゃんとしめておくんだよ。これで10回目以上だよ。」

というお叱りを受けた。

どうも何かが違う、と感じつつ、

入浴後真っ先に向かったのがこの日記。

(これからメールチェックしなくては…)

まぁ、今日はさすがにサンドイッチではない、

…と、ここまで書いて、

途中のファミリーマート(またかい)

でサンドイッチを買ったことを思い出した。

(わたしの無意識はどうなっているのだろう)

 

さて、明日もまた東京出勤である。(to早稲田大学

受講生の方々は、ほんとうに雰囲気がよく、

しかも熱心で、温かみ、愛情に溢れている。

(息子に学ばせたいくらいだ)

今から皆さんに早くお会いしたく思っている。

そのあとは、いつものホテルにて仕事をし、

そして夕食はサンドイッチ。

(おっと打ち間違えた。

 いったい、いつになったら、

 私はサンドイッチの夢から開放されるのだろう。。)

 

※著者注・昨夜Yさんが「淨潤先生の楽しいことって?」と聞かれたせいで、

 こんな日記になったのだろうか。

 それとも、実は私はサンドイッチが好きな人間だったのだろうか。

 



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