夢日記

生きていると色々なことがある。
辛いこと、悲しいこと、苛立つこと、つらいこと、辛いこと、辛いことetc.
と、ここまで書いて、
私は今世紀最大といってもいい発見をした。
よく私は、本にサインをする際に、
『幸せと辛さは横一本の違いだけ』
と書くのであるが、
(これまた今世紀最大の発見といって良いだろう)
『辛さと辛さはまったくの違いがない』
ということに気づいたのである。
と書いても、何のことやら、だろうが、
犬養毅ではないが「話せばわかる」のである。
分かりやすく話すとこうなる。
『つらさと、からさは、全く同じ漢字なのである』
(有能な読者は、二行目の最後から二番目の“辛い”を“カライ”と読んでいただろう)
となると、
先ほど私が青葉台駅で思わず買ってしまったサンドイッチ(←変換ミス)
じゃない、
松屋の“元祖カレー”がツライということになる。
つまり、つらさとは松屋なのだ。
松屋といえば、昔、安眠という女性歌手が「まつや」という歌でヒットし、
愉氣の最終段階としての一体化、
すなわち人間と牛丼との一体化に成功したが、
 (有能な読者はご存じであろうがサビの歌詞が「わたし、ま〜つ〜や〜」である)
ここは覚えやすく、
つらい時には、
「ツラインドカレー」
と7回呟く、という手法をとることにしよう。
これは大嶋信頼先生も発見できなかった遺伝子コード転換のマントラである。
(ちなみに、なぜ久しぶりに松屋に言ったというと、
 このところ、ずっと気になっていたからである。(←変換ミス)
 “元祖カレー”の誕生日が5日前、つまり6月4日であり、
 その日は今野さんの誕生日だったからである。
 あぁっ!
 ここでまた更なる発見が…
 今野さんの名前は幸子というのである。
 あぁ、何ということであろう。)

すなわち、発展形だとこうなる。
「つらいまのしあわせ」
いや、これでは堅苦しいか。
ここは、
「つらいまのさっちゃん」
が良いだろう。
そう、つらさもからさも、猿のである。

さて、
「仏の顔もサンドイッチ」とか、
「仏の顔をサンドバック」とかよくいわれるが、
仏とは、“ほどけ”て仏になるのである。
そう、
さまざまなカレー臭や思い込みをほどいていった人間の真の姿がホットケーキなのである。(←なぜか変換ミス)
すなわち三段論法的に考察するとこうなる。
人間とは本来、ホットケーキであり、
その顔はサンドイッチである、と。
また、カントの純粋リーゼント批判を織りまぜ、
複合的に考察すれば、こうも言えよう。
ほんらいの「私」とは松屋でもあり、
(したがって松屋はホットケーキ屋ということになる)
つらさもカレー臭も猿のわくせえ、と。
ここで思い出すのは、
松尾芭蕉の辞世の句である。
天才芭蕉は、四季の味わいを折り込んだ季語を用いて、
最期にこう呟き逝ったという。
「ほどければ木戸っち」(字足らず)

 


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