夢日記

昨日も早稲田大学での講義であった。

先日ここで書いたように、実に素晴らしい受講生の方々である。

(これで講師も素晴らしければ何も言うことがないのだが、

 その点、非常に残念に思っている)

 

さて早稲田大学までの道のりは、

いつもだと青葉台駅から田園都市線なのであるが、

今日は初めてタクシーでの登校。

これは一昨日の人間ジグズパズル事件があったためではなく、

なんと、この日記でも以前書いた“日本一運の良い運転手”の方の

個人タクシーデビューなのである。

 

彼は以前のタクシー会社に勤務していたときから、

私のお気に入りの運転手で、

実に謙虚で、丁寧で、

しかも、整体の野口晴哉師が弟子入り希望の弟子に必ず言う

「気配り、気遣い、気働き」

の人なのである。

(息子に今日この事の大切さを言おうと思ったが、

 残念ながら帰宅しても無人であった。

 しかし考えてみると、そう諭せば、

 「ふっふっふっ。その前にお手本をねぇ。」

 と言われるに相違ないことに気づき、

 わたしの無意識が無人を引き寄せたのだな、

 と今となっては無意識に感謝している)

その彼はなんと奇特な方か、

私に乗車してもらう、ことだけを生きがいにしているのである。

そのため、私が乗車しようと思ってもできないことを避けるために、

個人タクシーになろう、と決心した、という。

「なにかが間違っている」

と何度もお伝えしたのであるが、

信心というのはまことに揺るがぬもので、

「こうして毎日、幸せに過ごさせているのも、すべて長谷川様のお蔭ですから」

とまで仰る。

「大いなる勘違いですよ」

とも言うのであるが、彼はゆずらず、

ほんとうにツキまくりになってしまった、ということを仰る。

たしかに、そういうことは他の方からも言われることはあるが、

しかし、そのために個人タクシーになろう、とまでは行き過ぎだろう、

と今でも思う。

(いつの日か彼と握手をしたあかつきには、

 こっそりと爪の垢をとって息子に飲ませようと思っている)

「個人タクシーに一回で合格する際にも、

 さまざまな心理療法を施してくれ、お蔭さまで…」

たしかに私なりに、いつもの御礼で、少しは工夫をしたのであるが、

いやいや、

ツク人というのは、こういう「お蔭さま精神」というのを持っているのですな。

 (まずは、私自身が彼の爪の垢を飲まねばなるまい)

 

そんなこんなで、

合格して一番最初の乗客は私がいい、

ということで昨日はあいなったわけである。

私としても、持ち上げられた感満載であるが、

私としても彼へのおめでとうの気持ちで東京まで乗れたらと、

まずは車のお祓いをし、

そして早稲田大学(中野校舎)まで旅立ったのであった。

(今後、彼がこの日記をお読みになれば、私のイメージはガラガラと崩れ、

 こうしたことは無くなるであろう。

 その意味でも、貴重な旅であった。)

 

その後、早稲田大学からいつものホテル。

今月の動画(なんと心理の学校(2ヶ月)が氣道協会会員の方だと3980円だけで観れるというもの。しかも年会費も無料になります)のことや、

自分の好きなことのチェックやミルトン・H・エリクソンのことなどを考察し、

翌朝の今日は、東京道場でのミーティング。

そこで、

「先日の日記、好評ですよ!

 Sさんなんて、○○って仰って」

と、ゆん君が。

 

うれしくも複雑な気持ちになったが、

そこは大人。

(なにしろ還暦間近の36才である)

「いやいや、

 先日の日記は、直会にいらしたY部さん効果もあって、あんなギャグみたいな日記にしてしまったのだけで…」

「好評でしたよ!」

「ほぅ、そうか」

傍らで晶ちゃんがニヤニヤと私たちの会話を見つめている。

 

実に複雑な気持ちであったが、

褒められて悪い気分になるはずがない。

木どころか、空にまで昇りたいほどだ。

(ただ美女を見て落ちるのは分かっているので、

 落ちても平気なところくらいまでにしておこう)

しかしねぇ。

つい最近、ひとつシンクロがありましてねぇ。

 

一昨日だったか、

私が、朝の行(情けないことに、未だ色々とやっている。まぁ気持ちが良いので行っているのだが、それにしても情けない)

を行っているとき、

いよいよ禅定に入るか、というときに、

私の寝室の扉が開く。

 

「パパがいなくなっちゃう。。

 つまらないー」

ん??

普段なら私の部屋にはまず来ない家族であるが、

しかもそんな言葉を。

…どうも、この数日、家族の会話があり(いつもは無いんかい)、

しかも、その際に私の若いころのエピソードを幾つか話したようだ。

以下、脚色して題名をいえば。

「弟子入りを認められた直後、岡島先生をおしっこしながら走って追いかける事件」

「二回もの経堂岡島道場を火事させた事件」

「屋台ラーメン一年間無料事件」

「整体合宿での美保ちゃんとの勘違い事件」

 などなど。

それらが人気を博し、

そしてまた、それが私の真実であると勘違いしていたようだ。

 

過去は、現在の中の記憶の中にしかない。

しかも、そうした私の記憶の中にある過去を喜ぶとは、実に不毛なことである。

しかし、一般庶民にとっては楽しいことらしい。

私にとっては、それが悲しく、

「いや、お父さんは、お前たちが思っている勘違いのお父さんから、

 ほんとうのお父さんに、今戻るところなんだよ」

と言った。

しかし、まるで理解されず、

あぁ、「縁なき衆生は度し難し」とは良くいったものだ、

と、釈迦牟尼仏陀の気持ちが痛いほど分かった。

しかし、ここは「和光同塵」。

相手のレベルに合わせなくてはならない。

「君が思っているパパは真実のパパではないんだよ。

 ほら、君の好きなどらえもんも変身するだろう?

 そしてほんとうのパパというのは…」

「それは、どらえもんの中でのひとつの話で、どらえもんはどらえもんだよ」

「いいかい…」

 

なかなかに衆生を諭すというのは難しいものだ。

ともあれ、

今日は、メールチェックも出来ないほど忙しい日。

(体力や時間があった場合は、会報の近況報告や電子水製造機の紹介文章を今日書かなくてはいけない為)

そのため、明日は、よしきさんの車のことが気になっていたので、

「メールチェックは出来ないので!」

と、よしきさんはじめ皆さんにお伝えしたのであった。

それがなぜ、こんなことに…

(まだ、ぜんぜん仕事していない)

 

あぁ、すべては今朝のゆん君の一言だ。

前回の日記が好評だ、

という口車に乗せられてしまったのである。

 

私たちは東洋医学の立場である故、

すべてのことを自分の責任とする。

これを内因というが、

西洋医学では○○菌など外因を大切にする。

しかし、そのどちらが正しいとか誤っているということではない。

 

その証拠に、心理療法では、

「あなたが悪いのではないのですよ、あなたに付いていたこの虫が悪かったのですよ」

と伝えることで、

本人の自責がなくなり快方に向かうことが多々ある。

(これを「外在化」という。くわしくは今月の動画を!)

 

今、私は外在化をしているところである。

私は悪くない。

私を、このように仕事から逃避させた、

ゆん虫たちが悪いのである、と。

 

(心理療法で大切なことは自己受容なのである。

 注・自己弁護ではない、と思う)

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

補足・先ほどビールがあるかと思い、冷蔵庫を開けたところ、
   ビールは無く、なぜか分からないのであるが、
   数日前の前世で買ったサンドイッチがあった。
   不思議なことだが、わたしの無意識は、今度はローソン製を選んだようだ。
補足2・上記の題名、実は脚色ではない。(我ながら何という人生だろう)
 ともかく、こんなことをしている場合ではない、早く仕事を、、
 …とここまで書いたときに、
 今、ドアの音が。(これほんとうのほんとうのこと!)
 「パパ! この前も言ったよね。また鍵が空いていたよ。
  いいですか? ○△□×!!」
 息子に、この世が夢であることを教えるには、もう少し時間がかかりそうだ。
  

 

 

 

 

 

 

 



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