絶対の幸せを『知』るドン・ファン・マティス

以前、
「人生は余生だ」と書いた。
そして人生は夢生でもある。
生は夢だ。
どんなに思考を使おうが、その背後から動かされている。
野口晴哉師の言うように、確かに、“念ずれば現ず”。
しかし、その念も背後から突き動かされている。
潛在意識〜深層意識〜集合的無意識〜タオ(=空=氣)
それ故、知者は、思考が産物であることを知る。
現実がタオの自動運動に過ぎないことを知る。
「一期は夢よ。ただ狂え。」という閑吟集の一句は正しいが、
『狂う』が、醒め抜きの狂いである時、知者の行為となる。

おそらく作者は分かっている。

この句の前にある「何しようぞ くすんで!」という喝がその証左だ。
知者は、この世が神のリーラ(遊戯)であると知り、
そこで神と共に遊ぶ。
否、知者はタオを知る(一つ)ものである所以に。

 


 



カレンダー

  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>

最新記事

アーカイブ

リンク

サイト内検索

プロフィール

モバイル版

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM