運が良くなる ぁ 2月の整体操法etc.)

今日は横浜道場にて整体(指導)の日。
普段なら行き帰りの横浜線の中では、
氣道関係の本(つまり体や心、禅に関する本)を読むのであるが、
珍しく(10年以上ぶりか)小説を読む。(「羊と鋼の森」(宮下奈都))
いや、実に面白かった。思わされた。
そして、この本は氣道関係の本であった。
その中でも、
体や心の両面に関係する指導(=整体指導)に直結する内容であった。

思えば自分のことを「I,m tuner」と紹介することを始めたのは何十年前からだろう。
(正しくは「body tuner」いや「Ki tuner」か。)
おそらくは、埼玉の上尾で一人暮しをしていたとき、
深夜にやっていたTVで調律師の映画があり、
そのときに主人公が言っていたのを「かっこいい」と思ったことを思い出すので、
きっと、その数年後なのに違いない。

そう、私(私たち)は、
tunerつまり調律師である。
体や心を通して、相手の氣(つまり命)の流れを調律する者である。

野口晴哉先生は、
昭和20年に整体操法を確立されたそうだが、
その操法点の場処を極端にまで絞られた。
鍼灸のツボは普通365あるといわれるが、
たった26箇所にまで絞り抜いた。(ただし背部は除く)
そして、それらのツボの名称を何と呼称したか。
調整点とはせず、調律点と呼ぶことにしたのである。

数年前、三枝龍正(誠)先生からご招待された会で、
三枝先生は、
「野口先生は音楽に大変造詣が深かったため、
 調整点ではなく調律点と呼ぶことにしたのです」
と仰っていた。
そう、
そして、野口先生は本気で調律をしている氣持ちだったのに違いない。

野口先生の整体を受けられていた方の整体(指導)をすることがよくある。
私が30代のころから、現在でも月に少なくとも1回は、
そうした方々のお体を拝見し、調律させていただいている。

初めの頃は驚きだった。
「どうして、この人の体を変えていないの?」
…と。
きっとご子息のダン先生も同じ思いを持ったのかもしれない。
ダン先生は、晴哉先生の整体(指導)を受ける前と受けた後のその人の体を観察し、
何が変わったのか分からなかった、という「ような」ことを仰っていたから。
(ダン先生のすごいところは、それを晴哉先生に質問したこと。
 私だったら、数年間、指を虫眼鏡のようにしてしまうけど。
 いや、ダン先生はすでにそうなさっていたからなのだろう。
 そして、その質問に対して答えた晴哉先生の言葉は、ダン先生も仰っていたように「そうくるか」と私も感じた。
 「開きめくらっていう言葉もあるからな」)


しかし、晴哉先生の整体(指導)を受けられた方は、
「実に変わった」「快調になった」
と言っていたそうだ。

私は、ピアノの調律と、人間の調律とはちがう、と思っていた。
生きている体(心)の調律なのだから、楽器の調律とは違う、と。

しかし、ピアノ(楽器)も生きている。
そんなことは知っていたが、
この本を読んで、それを改めて感じた。
だからこそ、主人公の氣持ちが、まるで自分のことのように、
若いころの、いえ、今の自分にも、感じ入りさせられた。
いや、今もって考えさせられている。

ちょうど半分くらいまで読んで桜木町駅に着いた。
そして横浜道場に向かう。
本に書いてあったさまざまな言葉がよぎる。

私は、今日は特別な日だと思っていた。
一昨日の新月のときから体が大きく変わっている。
そして今朝、起きたときに、今日が春入り、
まぁ、肩甲骨のだけど、岡島先生なら今日にするだろう、
という体感で、カーテンを開けるとやはり晴天であった。

晴哉先生の春入りの定義は骨盤がさらに開く3月上旬にするわけだが、
今日も、仙腸関節はかなり動いていた。
そう、
2月は骨盤調整にもってこいの月。
2月を逃しては、とくに男性の骨盤を変えるのは困難で、
私たち整体指導者は、2月まで待たなくてはいけないのを待ち抜いて、
というか、それまでのお膳立てをしておいて、
2月に、人間の体の要ともいえる「骨盤」をキッチリと整えていく。

いや、反対に2月から受け始める方はラッキーともいえ、
そこでダイナミックに体を変えていく。
思えばロイ先生の整体(指導)も受けていてそうだった。

ロイ先生といえば、2月はもう一つある。
それは「穴追い」にタイムリーな時期ということ。

「穴追い」とは、
整体操法の中でも、「これだけ劇的に、『おそろしいくらいに』体を変える操法はない」
と言われる技術であるが、
そのくらいに「穴追い操法」の効果を引き出せるのが、
2月(〜遅くとも3月中旬)、そして
9月(〜遅くとも10月末)といわれている。

実際のところ、昨年試してみて、
それはほんとうに効果があった。
「穴追い」を受けられた方のからだは、
どんどんと整体に近くなっていっている。
そして、昨年までの感覚からいうと、
例年、「穴追い」の必要性を強く感ずる。
おそらくは、そうした現代人のからだ、そしてこのところの気象の変化を感じて
ロイ先生は「穴追い」を晩年強くお薦めしていたのかもしれない。

そんなわけで、
私は、今日という第二段階の春入りという日(第一段階は1月の鏡開き前後)に、
「穴追い」を行っていきたい、
と思っていた。
そして、必要な方には「骨盤調整」もだが、
道行く人のお体も、ポイントが骨盤系統なので、
「穴追い」を行うだけでも、充分に「骨盤調整」は図れるだろう、
(春(2月)の「穴追い」は肩甲骨周辺か仙腸関節近辺、頭部なら第四からなので)
その上で、さらに必要な方には、ということになるだろう、
と思っていた。

しかし、この本を読み、
「決めうってはいけない」
相手の身心、つまりピアノ自身が求める調律をしなくては…
とも思いつつ,横浜道場に到着した。

スミさんの声、そして珈琲が芳しい。
(あぁ、これで昨日アップした日記とのつながりができた)
それに惹かれて、近くに寄る私の母。
ほぅ、まだ見た目より仙椎の動きはあるなぁ、
(嗅覚は仙椎の動きと関係がある)
と思いつつ、指導に向かう。

長くなったこともあり、
それぞれの指導技術については省くが、
結論をいうと、
「穴追い」の凄さを感じた。

ロイ先生ならずとも、現在のこの気象、現代人にとって、
2月だからということを省いても、
その必要性を改めて感じた。
(これからは2月ならずとも「穴追い」を私の整体(指導)は導入していこう、との最後の踏ん切りがついた日だった)
同時に、その人(楽器)自体のもつ特性も。

おそらく、
多くいる整体指導者の中でも、
私ほど数多くロイ先生の整体(指導)を受けられた方はあまりいないだろう。
引き継いでいきたく思った。

「穴追い」にもとらわれないために、
この本から得たことを活かしていきたく思ったのが、
(そういえば、この本の中には即興演奏(インプロビゼーション)というくだりもある)
かえって「穴追い」の凄さを感じたのは皮肉というか面白い。

整体(指導)が終えたあと、
久しぶりに今野さんの整体操法を受ける。
スタッフのみに与えている直伝(個人レッスン)の機会である。

いや、速い速い。
えー、今野さんだったら、愉氣中心ではなかったか、(←これは帰り道に思ったこと)
なのに、技術は的確。
瞠目すべきところがある。
いや、上手い上手い。

帰りの横浜線に乗る前に、
内感するに、たしかに調律されている。
なるほど、私という楽器をこのように調律したかったのか。
うんうん。
素晴らしい。
いや、すごいすごい。

爽やかな感覚を覚えながら、
桜木町に着き、
後半を読み始めた。

今、自宅。
ここに書けなかった読後の感想も少しだけあるが、長くなったので割愛。
しいていえば、3回ほど出たフレーズ。
「明るく静かに澄んで懐かしい文体。
 少しは甘えているようでありながら、
 きびしく深いものを湛えている文体。
 夢のように美しいが現実のようにたしかな文体。」

この二行目をカットし、四行目を校正すると、
私にとっての晴哉先生の印象に近い。

整体(指導)つまり身心の調律に向けて、
初心に戻れる本であった。

氣道、とくに相手への援助(つまり整体(指導))に興味がある方
(つまり運を良くしてあげたいには)
たとえその指導(援助)が心(言葉)からであっても、
一読の価値はあるかと思う。

 


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