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(続き◆
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    そればかりでなく…
    つまり道(タオ)にいてばかりでなく、
    言語で表現すること自体に対して、
    老子も荘子も、その不毛さを強調します。
    禅でいう“不立文字”ともいえましょう。

    老子は、
    「知る者は言わず、言う者は知らず」(第58章)
    とまで言い、
    荘子も、
    「言は弁ずれば而(すなわ)ち及ばず」(斉物論篇)
    と言い、
    そして、言わないことこそ
    「不言の弁」(斉物論篇)
    として薦めます。

    そして、更に荘子は…

     ………………………………

    ※注/
     なお、前回の(続き)そして今回の(続き◆で引用した荘子の原文は、
     続いているものがありますので、その原文を掲げます。(斉物論篇)
    「道は昭(あき)らかなれば、而(すなわ)ち道ならず。
     言は弁ずれば而ち及ばず。」
     ちなみに、このあとはこう続きます。
    「仁は常なれば而ち周(あまね)からず。
     廉は清なれば而ち信ならず。」
     
    | 長谷川淨潤 | 16:45 | - | - |

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