夢日記

今日は雨の中、仕事であった。
私は晴れ男であり、まず外出時に傘を持つ、ということがない。
そのため、よくずぶ濡れになる。

また、私は幼少よりヨーガと自動運動にいそしんでいるため、
雨をよけるという技を会得している。(これを人間流体ジグズパズルという)
しかし、多量の汗のためか、
なぜかずぶ濡れになっている。

私の母も大変な晴れ女であり、
ちなみに私と母が一緒に外出した時に、
雨だったことは、この36年間一度もない。
(ただ記憶に残っていないだけかもしれないのだが…)
そのため、たとえ学校から帰宅時に突然の雨に襲われても、
蛇の目で母が向かえてくれたことは一度もないのが残念である。

以前、猛烈な雨女というスタッフと勝負をしたことがある。
「先生と私とが一緒に道場に出たらどうなるでしょうか?」
彼女は絶大なる自信を持っていたが、
結果は全勝であった。

いや、そんなことを書きたく、ここに向かったのではない。(なぜこうなるのだろう)
今日の仕事のことである。
私はいくつかの仕事を持っているが、
(ピアノを弾くこと、日記を書くこと、サンドイッチを食べること、等々…)
今日の仕事は将棋であった。

私は幼少のころから、三つのことしか取り柄がない人間である。
ひとつはピアノ(音楽)。
もうひとつは体や心の健康法(修養法)。
三つ目は将棋である。

実際のところ、仕事で和服を着る、となれば、
書道家か棋士(将棋のプロ)くらいであろう。
そのため、30歳で独立してからは、休日でも和服で過ごしてきた。

以前は下手の横好きであったが、
大学時代に何度もの留年と引き替えにして、
将棋道(これを「棋道」という)に邁進したため、
今では、唯一の将棋雑誌である「将棋世界」にほぼ毎月、
私の名前が載るほどの腕前になった。
(現在、書店に並んでいる「将棋世界」にも私の名前が載っているはずである)
よく行く古淵の将棋道場では49連勝し、
「古淵の藤井そうた」とも呼ばれた。(自分で勝手に呼んでいた)
また、プロ(棋士)にも何度も勝ったことがあるため、
プロ・キラーとも呼ばれた。(ことは無い)
以前あった黄金町の“あゆみ”という居酒屋は、
小池重明をはじめとする賭け将棋を生業とする真剣師がたむろしていた所でであるが、
私はそこで毎晩のように賭け将棋を指し、(普通は一局千円であったが6万円の時もあった)
そこで莫大な財産を。(失った)
「芸は身を助く」とはよく言ったものである。

そのように、私は、将棋(棋道)、修養法(氣道)、ピアノ(ピ道)
の三つだけが取り柄の人間であり、
自慢であるが他のことは、ほぼ全くもって出来ない。
しいていえば、
・ルックスが良いこと(20代までであるが。ちなみに竹中直人に間違えられたこともあるほどである)
・所作が美しいこと(食べながらご飯をボロボロとこぼすため、幾つの袴が、天国に昇天したことか)
・頭が良いこと(年をとった今でも九九の掛け算が瞬時にできる。時々まちがえるが…)
くらいであろう。

あとは、
・麦のジュースを中ジョッキで11杯はいまだ飲めることとか、
・麦のジュースを大ジョッキで10杯飲んだこともあることとか、
・麦のジュースを大ビンで一ケース(24本)飲みきったこととか、
くらいであろう。

そう、
・ただで公衆電話をかける方法をあみ出したことがあるのは、
昨年の七夕会のときにも言ったとおりであり、
その徹底的な集中力には、
両親も瞠目したらしく、
よく言われたものである。
「潤、その集中力を、もっと他のことに使いなさい」と。

さて、仕事の話に戻すと、
「将棋世界」に名前が載るのは、町田将棋センターのトーナメント戦で優勝するからである。
ところが、そのトーナメント戦というのは休日だけなのですね。
私は別の仕事のため、土日はまず参加できない。
そのため、まれに土日が休日であるときだけしか参加できないわけであるが、
そうなると、貴重な機会を活かすため、
必勝の信念で行くわけである。

ピアノの仕事のときも、胃が痛むほどの緊張をおぼえることもあるが(とくにソロの場合)
将棋となると、さらにであり、
まったく仕事というものは、男子にとって、
否、人間にとって多大なストレスを与えることもあるものである。

優勝すると「将棋世界」に名前が載る、だけでなく、
優勝賞金がどかんと出るという、
そうした欲があるからだろうが、
まだまだ人間が出来ていない。


今日の仕事は、近所のKさんという方への個人指導であった。
Kさんからの謝礼はいつも今日取れたての無農薬野菜である。
これが実に美味しい。
その授業料を支払うために、Kさんは授業時間の前に、
車を走らせ、知り合いの農家の方から購入してくれるのである。

授業は、終盤の研鑚時間のあと、
実際の対局となる。
ハンデは持ち時間であり、そのため対局時計というものを用いる。(Kさん30分、私15分の切れ負け)
今日は、雨のせいか、
いつものストレスもなく、気軽に指していたら、
初戦で負ける。
「先生、この手がいけなかったと思いますよ。」
と教えてくださる。
その後、連勝するが、最後の一番でうまく指され、
「師匠、この手とこの手がいけなかったと思いますよ。
 あと、この手とこの手とこの手とこの手も。」
と教えてくださった。

まことに持つべきものは弟子である。
そしてまた、いつもなら負けると反省し、棋力向上に励む私であるが、
今日は、雨のせいか、なぜか平安な気持ちのまま、
頂いた野菜と共に帰路についたのであった。
少しは人間が出来てきたのかもしれない、と思いつつ。

帰路中、足先がある方向に動く。
日ごろから体の声を大切にしている私は、
そのまま身をまかすと、そこにはセブン・イレブンがあり、
そのまま身をまかすと、三角形の炭水化物の間にオカズが入っている食材コーナーに。
見ると、「とっておきの卵を使った○○」「新鮮なミックス○○」
という文字がある。
先日は、朝起きたら冷蔵庫にあった○○が無くなっていた、
という事件があったことは書いたが、
私もクリシュナムルティよろしく、
ついに、無意識(潛在意識)を意識化できるようになったんだな、
と思った。

ははっ。
無意識よ、また○○か、
ふっふっふっ。
体の要求、体の声がそうであっても、
私の意識は今、違うのだぞ。
この、とっておきの卵を使った○○に惹かれているんだぞ。

仏教では、
仏の顔もサンドイッチと言う。
今、冷蔵庫の中には仏が幾つか並んでいる。
                            (淨潤)

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

追記 ,覆爾、毎日、この日記に惹かれてしまう私がいるのであるが、
      (○菌と△菌と□菌と◇菌とゆん菌のせいだ)
    明日は仕事のため、ここには向かえないことをお詫びしておく。(お詫びいらないよ)
     (以前ここで書いた遠見書房の某編集者と共に、地区センターでの「虎の穴」研鑚仕事があるため)←説明いらないよ
追記◆)萋、京都の栖賢寺のご住職と奥方のことを思い出す。
    そういえば、ご住職は「私の母も見ているんですよ」と仰っていたなぁ、と今日思った。
    そして、あぁ、この数日、虚像、マーヤ、幻想、夢とはいえ、阿呆な日記を書いていることを反省した。
    そして、ここに向かうのが、将棋以上に胃が痛くはなりはしないか、と思った。
      (そのため、今もコソコソ書いている。
       あっ、玄関の音がする。ちょうど終えようとしているので良かった…
       私の無意識は素晴らしい。
       あっ、鍵をかけていない…)

    今日もお子言を頂戴したため、今後は、玄関の鍵を閉めてから、この日記に向かうことにしようと決心した。(と思う)
追記 昨日は久しぶりにメールチェックができた。(幾つか)
    そこで、こんな文章を或る方からいただいた。


     「それではまた次回、6月3日新月瞑想会にお会いできますことを楽しみにしております☆
      整体指導の予約早速入れさせて頂きます! 身体が本当に整っていくのを感じます。
      次回はどのように変わっていくだろうと、整体指導の日が楽しみになっています☆☆」

    ───ゔっ。。 そろそろ夢から醒めなくてはなるまい。
    

夢日記

帰宅し、なぜかこの日記に向かってしまった。
(これは仕事をしたく無いという逃避行動ではない。
 私の仕事がこれなのである。
 この年(繰り返すが36才である。もうすぐ二回目のに近いが)になると、
 この人生で本当にやりたかった事に気づく、ということがあるのだ。
 福山何とかがそうであったように、釈迦牟尼仏陀がそうであったように、
 俺はラジオで本音を言うのが本当にやりたかったことだ、とか
 王様になるのではなく、スジャータ姫からお乳を飲みたかったんだ、とか。
 まことに人生というものは、若いときには分からぬところがあるものなのだ。)

そして、つらつらと書いたのであるが、
素晴らしい文章であったので、
これが何かのアクシデントで消えてはいかん、
…と思い、コピペをしたのだが、
すると、すべてが消えてしまった。
ふっふっふっ、
だからこそコピペをしたのだ、
と思い再現しようとしたが、作動せず、
消えた白い画面を唖然として見つめていた次第である。

これが若いころだったら、
●今朝の起床時の一抹の不安気分
●なぜか夢遊病のように夜、冷蔵庫を開ける前世の記憶が。
●ローソン、サンドイッチがなぜか食べかけになっている事件
●この二日間の日記、いいです!と言われた事件。
●今日の講座の素晴らしさ
●整体(指導)の素晴らしさ
●私自身の素晴らしさ
●財布を忘れたために伊勢佐木町でボーッと10分立つ素晴らしさ
…などなど、
今日書かなくてはいけない原稿も書かず、
メールチェックもせずに、
この日記に向かった努力が水泡に帰したことに、
色々な思いをしたかもしれない。
・この労力と時間を無駄にしないためにコピペをしたのに、とか
・かえって、それが裏目にでるとは、どういうことか、とか
・やっと天職が見つかったというのに、また転職か、とか、
・そういえば俺の人生って、いつもこんなもんだよな、とか、
・あの人、どうしているのかな、好きだったよ、とか。

亀の功より年の功とは良くいったものだ。
そのため、私の背骨は、亀に近づいている。
ともあれ、以前にはカチンときたり、色々な思いもしたが、
上記のようなことも、今はまったくなく、
あぁ、消えたのね、
と思えるようになりたい。
(変換ミス)

ともあれ、水泡に帰したのは仕方ない。
普通なら、ここで、行わなければいけない仕事に向かうのであるが、
私はめげない。

きっと皆さんもそうであろう。
ほんとうに実現したいことがあるなら、
そこに邁進するであろう。
たとえ、それが文章であったとして、
その文章が全く違った文章になったとしても。

そうだ。
私たちは、やりたいことをやれば良いのだ。
いのちの運びはそうなっている。

たとえ、今日書いた全ての文章が白紙に戻り、
そのため、完全な思考停止、
つまり真の瞑想状態になった人もいる。
それすなわち、悟りではないか。(違うよ)

そして、悟ったあとに、
このようにまたチャレンジするということ。
まさに禅。氣道。
大乗仏教の姿ではないか。

心理療法の目的とは、
ということで、恩師は「自己弁護」と仰った。(「自己受容」だよ)
しかし、今、こうした自身のチャレンジを思うに、
よく頑張っているなぁ、
と自分に声をかけたいと思う。(その前に、よしきさんやスタッフに声をかけろよ)

イエス・キリストも言う。
左の頬を打たれたら、右の頬を打ち返せ。
と。
そんな乱暴なことは私はできないのであるが、
こうして、この数倍の文章を書き、
それが一瞬に白紙になったという解脱経験をした私からすると、
このチャレンジは、
大乗仏教やキリスト教にも通ずる何がしかができたか、
と思う今日びこの頃である。

合掌




 

夢日記

昨日も早稲田大学での講義であった。

先日ここで書いたように、実に素晴らしい受講生の方々である。

(これで講師も素晴らしければ何も言うことがないのだが、

 その点、非常に残念に思っている)

 

さて早稲田大学までの道のりは、

いつもだと青葉台駅から田園都市線なのであるが、

今日は初めてタクシーでの登校。

これは一昨日の人間ジグズパズル事件があったためではなく、

なんと、この日記でも以前書いた“日本一運の良い運転手”の方の

個人タクシーデビューなのである。

 

彼は以前のタクシー会社に勤務していたときから、

私のお気に入りの運転手で、

実に謙虚で、丁寧で、

しかも、整体の野口晴哉師が弟子入り希望の弟子に必ず言う

「気配り、気遣い、気働き」

の人なのである。

(息子に今日この事の大切さを言おうと思ったが、

 残念ながら帰宅しても無人であった。

 しかし考えてみると、そう諭せば、

 「ふっふっふっ。その前にお手本をねぇ。」

 と言われるに相違ないことに気づき、

 わたしの無意識が無人を引き寄せたのだな、

 と今となっては無意識に感謝している)

その彼はなんと奇特な方か、

私に乗車してもらう、ことだけを生きがいにしているのである。

そのため、私が乗車しようと思ってもできないことを避けるために、

個人タクシーになろう、と決心した、という。

「なにかが間違っている」

と何度もお伝えしたのであるが、

信心というのはまことに揺るがぬもので、

「こうして毎日、幸せに過ごさせているのも、すべて長谷川様のお蔭ですから」

とまで仰る。

「大いなる勘違いですよ」

とも言うのであるが、彼はゆずらず、

ほんとうにツキまくりになってしまった、ということを仰る。

たしかに、そういうことは他の方からも言われることはあるが、

しかし、そのために個人タクシーになろう、とまでは行き過ぎだろう、

と今でも思う。

(いつの日か彼と握手をしたあかつきには、

 こっそりと爪の垢をとって息子に飲ませようと思っている)

「個人タクシーに一回で合格する際にも、

 さまざまな心理療法を施してくれ、お蔭さまで…」

たしかに私なりに、いつもの御礼で、少しは工夫をしたのであるが、

いやいや、

ツク人というのは、こういう「お蔭さま精神」というのを持っているのですな。

 (まずは、私自身が彼の爪の垢を飲まねばなるまい)

 

そんなこんなで、

合格して一番最初の乗客は私がいい、

ということで昨日はあいなったわけである。

私としても、持ち上げられた感満載であるが、

私としても彼へのおめでとうの気持ちで東京まで乗れたらと、

まずは車のお祓いをし、

そして早稲田大学(中野校舎)まで旅立ったのであった。

(今後、彼がこの日記をお読みになれば、私のイメージはガラガラと崩れ、

 こうしたことは無くなるであろう。

 その意味でも、貴重な旅であった。)

 

その後、早稲田大学からいつものホテル。

今月の動画(なんと心理の学校(2ヶ月)が氣道協会会員の方だと3980円だけで観れるというもの。しかも年会費も無料になります)のことや、

自分の好きなことのチェックやミルトン・H・エリクソンのことなどを考察し、

翌朝の今日は、東京道場でのミーティング。

そこで、

「先日の日記、好評ですよ!

 Sさんなんて、○○って仰って」

と、ゆん君が。

 

うれしくも複雑な気持ちになったが、

そこは大人。

(なにしろ還暦間近の36才である)

「いやいや、

 先日の日記は、直会にいらしたY部さん効果もあって、あんなギャグみたいな日記にしてしまったのだけで…」

「好評でしたよ!」

「ほぅ、そうか」

傍らで晶ちゃんがニヤニヤと私たちの会話を見つめている。

 

実に複雑な気持ちであったが、

褒められて悪い気分になるはずがない。

木どころか、空にまで昇りたいほどだ。

(ただ美女を見て落ちるのは分かっているので、

 落ちても平気なところくらいまでにしておこう)

しかしねぇ。

つい最近、ひとつシンクロがありましてねぇ。

 

一昨日だったか、

私が、朝の行(情けないことに、未だ色々とやっている。まぁ気持ちが良いので行っているのだが、それにしても情けない)

を行っているとき、

いよいよ禅定に入るか、というときに、

私の寝室の扉が開く。

 

「パパがいなくなっちゃう。。

 つまらないー」

ん??

普段なら私の部屋にはまず来ない家族であるが、

しかもそんな言葉を。

…どうも、この数日、家族の会話があり(いつもは無いんかい)、

しかも、その際に私の若いころのエピソードを幾つか話したようだ。

以下、脚色して題名をいえば。

「弟子入りを認められた直後、岡島先生をおしっこしながら走って追いかける事件」

「二回もの経堂岡島道場を火事させた事件」

「屋台ラーメン一年間無料事件」

「整体合宿での美保ちゃんとの勘違い事件」

 などなど。

それらが人気を博し、

そしてまた、それが私の真実であると勘違いしていたようだ。

 

過去は、現在の中の記憶の中にしかない。

しかも、そうした私の記憶の中にある過去を喜ぶとは、実に不毛なことである。

しかし、一般庶民にとっては楽しいことらしい。

私にとっては、それが悲しく、

「いや、お父さんは、お前たちが思っている勘違いのお父さんから、

 ほんとうのお父さんに、今戻るところなんだよ」

と言った。

しかし、まるで理解されず、

あぁ、「縁なき衆生は度し難し」とは良くいったものだ、

と、釈迦牟尼仏陀の気持ちが痛いほど分かった。

しかし、ここは「和光同塵」。

相手のレベルに合わせなくてはならない。

「君が思っているパパは真実のパパではないんだよ。

 ほら、君の好きなどらえもんも変身するだろう?

 そしてほんとうのパパというのは…」

「それは、どらえもんの中でのひとつの話で、どらえもんはどらえもんだよ」

「いいかい…」

 

なかなかに衆生を諭すというのは難しいものだ。

ともあれ、

今日は、メールチェックも出来ないほど忙しい日。

(体力や時間があった場合は、会報の近況報告や電子水製造機の紹介文章を今日書かなくてはいけない為)

そのため、明日は、よしきさんの車のことが気になっていたので、

「メールチェックは出来ないので!」

と、よしきさんはじめ皆さんにお伝えしたのであった。

それがなぜ、こんなことに…

(まだ、ぜんぜん仕事していない)

 

あぁ、すべては今朝のゆん君の一言だ。

前回の日記が好評だ、

という口車に乗せられてしまったのである。

 

私たちは東洋医学の立場である故、

すべてのことを自分の責任とする。

これを内因というが、

西洋医学では○○菌など外因を大切にする。

しかし、そのどちらが正しいとか誤っているということではない。

 

その証拠に、心理療法では、

「あなたが悪いのではないのですよ、あなたに付いていたこの虫が悪かったのですよ」

と伝えることで、

本人の自責がなくなり快方に向かうことが多々ある。

(これを「外在化」という。くわしくは今月の動画を!)

 

今、私は外在化をしているところである。

私は悪くない。

私を、このように仕事から逃避させた、

ゆん虫たちが悪いのである、と。

 

(心理療法で大切なことは自己受容なのである。

 注・自己弁護ではない、と思う)

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

補足・先ほどビールがあるかと思い、冷蔵庫を開けたところ、
   ビールは無く、なぜか分からないのであるが、
   数日前の前世で買ったサンドイッチがあった。
   不思議なことだが、わたしの無意識は、今度はローソン製を選んだようだ。
補足2・上記の題名、実は脚色ではない。(我ながら何という人生だろう)
 ともかく、こんなことをしている場合ではない、早く仕事を、、
 …とここまで書いたときに、
 今、ドアの音が。(これほんとうのほんとうのこと!)
 「パパ! この前も言ったよね。また鍵が空いていたよ。
  いいですか? ○△□×!!」
 息子に、この世が夢であることを教えるには、もう少し時間がかかりそうだ。
  

 

 

 

 

 

 

 


夢日記

確か一昨日は久しぶりに大嶋信頼先生にお会いでき、

その後、宿泊ホテルのお気に入りbarでお仕事。

日が暮れて仕事が出来なくなったので、

生まれて初めて「ジャーマンポテト」なる食べ物をテイクアウトし、

部屋に移動。夕食はルームサービスで

「アメリカンクラブハウスサンドイッチの熱を加えていない物。パンは薄めで野菜多め」。

ジャーマンポテトには年に1〜2度しか食べないソーセージというものが入っていたし、

サンドイッチはアメリカンクラブハウスの意味はまったく無かったようだ。

 

昨日は、東京道場にて整体(指導)。

その後、整体塾(講座)。

風邪の経過のあと、このところ、

自分が話しているよりは、話させられている感じ。

(…というか単に思考が働かず、無意識にまかせてしまっているだけだろう。(≒惚け))

打ち上げ(直会)は、晶ちゃんが見つけたとっておきの焼鳥屋さん。

清澄白河ということもあり、きっと静かで落ち着いた雰囲気なんだろうな、と

清澄白河に住んでいた順平先生を懐かしく思いながらタクシーで皆と向かったが、

着いたのは森下駅のほうがやや近い繁華街沿い。

「へぃ、いらっしゃい!」

と大将が向かえてくれ、昔ながらの魚屋さんを思い出す。

二階の座敷に案内され、昭和のムードを味わいつつ、

YさんやTさんの色々な意見を聞けたのは実に貴重であった。

ホテルに戻り、仕事をしたあとの夕食は、

素焼きアーモンド3粒にポテトサラダサンドイッチ×1。

また、サンドイッチかい、じゃがいもかい!という声が聞こえそうだが、

ちなみに私はソーセージよろしくじゃがいもも年に数度しか食さないし、

その日のサンドイッチはアメリカンではなくファミリーマート製である。

 

今日も東京道場にて整体(指導)。

(午前中はミーティング。

 そこでは、忘れもしない、とても大切なことを話したのであった。

 しかし、今ここに書こうと思ったら、なぜか思い出せない。

 きっと夢であったか、無意識のなせるわざに違いない。)

そして、スタッフの個人レッスンをして、

連日の東京遠征が終える。

帰路の田園都市線では隣の若者が無意識状態(睡眠状態)となり、

私にもたれかかる。

伝わる氣から、エネルギーはあるが肝臓と腎臓(右)にちょっと負担がかかっているな、

と思いつつも、

まぁ、性別はともあれ、私を信頼してこんなにもたれかかるわけだから、有難いことではある、

と解釈(リフレーミング)していた。

それに、私はこれから一時間はこの電車に乗っているわけだし、

若者としては今だけの暫しのやすらぎだ。

30分たっても、若者は熟睡中。

きっと和服の感触が頬に気持ちが良いにちがいない、

とは思いつつも、さすがに重く、

マックスに重く感じたときに、

ふっ、と立ち上がってみた。

なんと、若者の状態は90度曲がったままで保っているではないか。

(頭は100度以上)

よほど右の腎臓周辺の筋肉が硬直しているのか、

と思いつつ、私は、その間にある空間におさまるように、

身をくねらせて入ったのである。

これを人間ジグズパズルという。

 

自宅に着くと、

久しぶりにあった息子から「パパひさしぶり〜!お仕事がんばったね!」

という言葉。

…はもらえず、

「鍵はちゃんとしめておくんだよ。これで10回目以上だよ。」

というお叱りを受けた。

どうも何かが違う、と感じつつ、

入浴後真っ先に向かったのがこの日記。

(これからメールチェックしなくては…)

まぁ、今日はさすがにサンドイッチではない、

…と、ここまで書いて、

途中のファミリーマート(またかい)

でサンドイッチを買ったことを思い出した。

(わたしの無意識はどうなっているのだろう)

 

さて、明日もまた東京出勤である。(to早稲田大学

受講生の方々は、ほんとうに雰囲気がよく、

しかも熱心で、温かみ、愛情に溢れている。

(息子に学ばせたいくらいだ)

今から皆さんに早くお会いしたく思っている。

そのあとは、いつものホテルにて仕事をし、

そして夕食はサンドイッチ。

(おっと打ち間違えた。

 いったい、いつになったら、

 私はサンドイッチの夢から開放されるのだろう。。)

 

※著者注・昨夜Yさんが「淨潤先生の楽しいことって?」と聞かれたせいで、

 こんな日記になったのだろうか。

 それとも、実は私はサンドイッチが好きな人間だったのだろうか。

 


絶対の幸せを『知』るドン・ファン・マティス

以前、
「人生は余生だ」と書いた。
そして人生は夢生でもある。
生は夢だ。
どんなに思考を使おうが、その背後から動かされている。
野口晴哉師の言うように、確かに、“念ずれば現ず”。
しかし、その念も背後から突き動かされている。
潛在意識〜深層意識〜集合的無意識〜タオ(=空=氣)
それ故、知者は、思考が産物であることを知る。
現実がタオの自動運動に過ぎないことを知る。
「一期は夢よ。ただ狂え。」という閑吟集の一句は正しいが、
『狂う』が、醒め抜きの狂いである時、知者の行為となる。

おそらく作者は分かっている。

この句の前にある「何しようぞ くすんで!」という喝がその証左だ。
知者は、この世が神のリーラ(遊戯)であると知り、
そこで神と共に遊ぶ。
否、知者はタオを知る(一つ)ものである所以に。

 


 


辛い…

新著が出た。
 (「幸せな心と体のつくり方」(遠見書房)東豊&長谷川淨潤)

・・・・

当会のショッピングサイトでもご購入いただけます。

ちらしでお申込みくださった方は、5%オフになりますので、ご活用くださいね。

ちなみに、2冊以上お買い上げいただいた方には、未公開原稿をプレゼント!(by永井)

・・・・


サイン・キャンペーンを行っているので、
その人に合わせた書も書く。
その都度思う。

「辛さと幸せとは横一文字の違い」
 なのだと。
 
よく間違える。
(最近は間違えないよう確認する。(^^;)

しかし、そんなようなものだ。
新著でも出てくる中村天風の
「人生は心一つの置きどころ」という言葉も、
そのことを如実に語っているだろう。

否、心は無い。
だからこそ、心が有る世界にはそうなのだ。

辛いと幸せとは横一文字の違いでしかない。
日本語は音魂、言魂の言語と言われる。
その横一文字の違いとは何なのか?

然して、横二文字にすると、心もとより無しの絶対世界の幸せから離れてしまう。

接心心の学校にてお会いしたい。
 


ありがとうございました。(素晴らしかったです)

ゴールデンウィーク中の「心の学校」にご参加の皆さん、
ほんとうに素晴らしかったです。

直前の日記に書いたオセロどころではなかったでしたね…

オセロも将棋も何もなく、
という無そのものに戻った方も、
今回いらっしゃりました。
 
そう書くと、
悟りたいという気持ちで「心の学校」に期待させてしまうので、
あまり書きたくはなかったのですが、
でも、私が知る限りでは(あくまで「私が」です)
一番の夢実現法であり、
一番の自分慈しみ法だと思っています。

私も明日から横浜道場にて楽しい仕事です。
(なんと、山形県(鶴岡)からマツケンと!
 そのあと整体(指導)も、
 数年ぶりの『整体塾』もあるのです!
 そのため、明日は、横浜道場に宿泊です)

皆さんは、昨日からでしたね。
 (昨日は私は町田将棋センターにてトーナメント戦に出場。
  それよりも、その後の直会こそ楽しみだったのですが偶然優勝。(ですので「将棋世界」に私の名前がまた載ってしまう。うふふ)
  もちろん直会は、ほんとうに楽しかったです)

心の学校」は、実生活こそ本番。
いかがだったでしょうか。
そしてまた、明日からもぜひその本番で研鑚してくださったらと祈っています。

淨潤

追伸・「ご希望の方には、その小冊子をプレゼントしますので、」
    …と、直前のこの日記で書きましたが、
    今月(5月)一杯にさせてくださいませ。

 


 オセロって知っていますか?

オセロというゲーム、知っていますか?

白と黒と、どっちが多いか、
…というゲームなのだけど、
ずーーーっと、
途中まで相手のほうが多くても、
最後の最後で大逆転!
…ということが、けっこうあるのですよね。
(特に初心者の場合)

いえ、初心者でなくとも、
最後の最後の一手(一枚)で、
大逆転!
…ということも結構ありました。


人生って、
そういうことあります。

皆さんは、
「今まで良かったけど、これからは…」という人生と
「今までは…だったけど、これから幸せになってしまう」という人生のどちらを選びたいですか?

私は、そう聞かれるとしたら、後者です。
私はオセロはほとんどしないのですが、
 (だって五目並べと同じで先手必勝る定跡がありますし…)
将棋はします。
しかも、私の将棋の個性?というのは、
まずたいてい、序盤で悪くなります。

そして中盤で盛り返せることもあります。
盛り返せないときは、
終盤でひっくり返すしかありません。
 (これを、私は競馬用語で「まくる」と言ふ)

基本そんなスタイルの将棋ですので、
今回あたらしく出した本(あっ、その紹介をこの日記でしていなかった…)
の出版社(遠見書房)の小冊子で、
『心理療法の世界で、だれが一番、将棋が強いのか?』
───というページで、
なんと、私の将棋が載っているのです。

(ご希望の方には、その小冊子をプレゼントしますので、
 mail@npo-kido.com
 まで「件名」に、『小冊子希望』とご連絡くださいませ!)



閑話休題。

何が言いたいかというと、
人生もひっくり返せるということです。

さっき、
「そう聞かれるとしたら、後者です」
という答え方をしましたが、
私だったら、
最後まで待ちません。
今ひっくり返したい。
そんな方法があるのなら…

今までがどんな人生だったかなんて関係ない。
それは過去の記憶です。
そして、これからどんな未来があるかなども関係ない。
それは過去の記憶から導かれた思考の憶測です。

いつも今しかない。
そして、その今が幸せになりたいのです。

そして、その今が幸せであると、
これは不思議なことですが、
どうも、その後も幸せになってしまう、という統計(エビデンス)
がすでにとられています。

そうなると、
未来を創ることも可能な面がある、
ということになります。

私の尊愛する野口晴哉先生は、
人生は楽々悠々生きれるはずだった、
けれども違った。
その後、「念ずれば現ず」ということを知った。
そして、やはり人生は、楽々悠々と生きれるということを知った。
───ということを書いています。

この内容についても、
ほんとうはくわしく言及したいですが、
(ただ念じたって叶わないので)
ともかく、
人生は常に毎瞬毎瞬、
創れるのです。
私のように序盤下手であっても、
チャンスは、常に今の中にあるようです。

思えば、あと一カ月ほどで、
還暦2年前の年になっています。
(つまり36才です。ん?)

その間に、
もっとも最短で、
もっとも自然で簡単で、
もっとも強力な人生の変え方、
喜びに満ちた人生の創り方を、
模索、研究、実践してきました。

そして私自身だけでなく、
誰でも、
その日から使えるメソッドをまとめあげました。
その効果は過去の参加者の声で実証済みです。

それを、
明後日から東京道場で、お伝えします。

どうぞ楽しみにしていらっしゃってください。

日々、オセロ以上の逆転ができること、
私もその方法をお伝えするのを楽しみにしています。

 淨潤
 


近況報告(5月)

(この記事は、5月号会報「近況報告」より、スタッフ(永井)が代理で投稿しています)

 

新緑の季節になってまいりました。


 スケジュール表の右袖の「皐月の整体」にも書きましたように、

5月でしか、心を大きく変えることはできないのです。

 

 なぜなら、その時でないと胸が変えられないから。
ご興味のあられる方は、ぜひ8日(横浜)か15日(東京)の
狎安僚〞にいらっしゃってください。

(16〜17時半。どちらも初心者大歓迎。

 また、その後には懇親質問会もあります!)

 

 特に横浜道場での狎安僚〞は久しぶり。

 

※もちろん整体(指導)のときに、心を変える操法を受けることも可能です。

 その場合は仰ってくださいませ。


※また、4/29からの狄瓦粒惺〞は何よりお薦め。
 今回から猊の学校〞(前半)猝瓦粒惺〞(後半)の単独受講もOKといたしました。
  心をまるごと変えることができるだけでなく、その影響で現実も変わります。

  ぜひご活用ください。心から魂からお薦めします!

 

(長谷川淨潤)


皐月の整体

(この記事は、5月スケジュール「皐月の整体」を、スタッフ(永井)が代理で投稿しています)

 

 新緑の季節、五月。
 一生で言えば、生命の息吹を感じさせる春(誕生期から幼少期)から、

思春期にあたる初夏になったというわけです。

 

 木々の新緑がそうであるように、春に芽吹いたものが、

更に具現化していく季節というわけです。

 

 体でいえば、骨盤(生殖器)の季節から胸(呼吸器)の季節に移る

ためなのですが、そのため、そろそろ行動したくなる人も多いはずです。

 

 反対に、胸が開かれ難い人は、五月に子供が麻疹が多くなったりするように、

(ちなみに、麻疹になる事によって呼吸器系統が丈夫になり一生の基盤ができます。)
大人でも、肋間神経痛、肩の神経痛が多くなります。


 つまり、今までに何らかの停滞を潜在化させていた人は、それが浮上してくる

月でもある訳で、呼吸器の悪い方がなる神経衰弱が多くなるのもその為です。

 

 (いわゆる五月病はその代表ですね。
  そうした心の神経衰弱は、よく木の芽時と言われるように、過敏状態を呈しますが、

  逆にいえば、心理的問題を改善する最大のチャンスでもあるのです。
  自閉症や統合失調をはじめほとんどの難度の心理的疾患は、身体的には胸(呼吸器)に

  関係するのですが、それは5月でしか変化を誘導しにくいのです。
  あと過去の打撲の影響を取るのも遅くてこの時期までしか難しいのです。(あとは初秋)

 

  また、身心が鈍った方は心ではなく体の神経衰弱になります。

  五月に脚気が多くなるのもその為なのですが、

  それは、腹部第二、頭部第四、仙椎四番を整圧愉氣をすればビタミンBの供給をしなくても

  最速に改善してしまいます。

 

  食べ物とか呼吸法よりも前に、まず「体そのものを整える」ことの即効性、絶大な効果、

  大切さを知ってくださいね!

 

  これは氣道(私たち)の存在理由の一つでもあります)


※生活上の注意としては、これからの季節は、発汗を誘導し、それを引っ込めない事。
 すると、冒頭で申し上げた春の夢、萌芽が、実際の現実にも現れていきます。


 体を整えるだけで現実が変わってゆく。
 内を変えるだけで、外が変わってしまう、ことをぜひ今年は実感してくださいませ。

 

 (長谷川淨潤)



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